君と僕との距離……近づいた

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君と僕との距離……近づいた

 長い長い証書の授与と送辞と答辞。  退屈で冗長で、だけども大切な儀式の終わりがちかづいて、僕は無意識に体育館の天井を見上げた。  特に振り返るべき思い出も、後ろ髪を引かれるようなモノもないけれど、なんだかこの時間は特別なものに思えて不思議な気持ちになる。  なんとなくセンチメンタルな感覚が胸に去来して、特に意識をしていなかったけど僕はあたりを見回す。  そして高崎 水琴(たかさきみこと)の姿を見つけた。  僕の大切な異性の親友。  明るく元気で分け隔てない性格。  ちょっと荒っぽいところもあるけれど、その内面には優しさと女性らしさを持っている女の子。  ほんの些細なきっかけで、僕は彼女のその内側の繊細で柔らかな心を知る機会があったけれど、だからといって僕と水琴のなにかが変わるわけでもなくて、あの日からも僕たちは変わらない友情を育んでいた。    僕……飯塚 明雄(いいづかあきお)はあのときに確かに自覚した感情を、だけど関係性を壊すことが嫌で表に出すこともなく、水琴を囲むたくさんの友達のうちの一人のポジションに居続けていた。  そんな水琴を見つめるのも今日でおしまいか……と少し寂しい気持ちになる。  僕は地元の大学に進学が決まっていたし、水琴は服飾関連の専門学校に通うことになるから。  彼女が実はパタンナーになりたいという夢を持っていることを知ったのは、僕が大学進学を決めた2年の終わりだった。 「あ~、似合わないっておもってるだろ」  いつものようにニヤニヤと笑いながら僕を指さして笑う水琴。  それは彼女の進路希望表を僕が偶然に見てしまったときのこと。 「そうかな……夢があるっていいことだよ。僕なんて、やりたいことがないからとりあえず大学に行くってだけだし、夢がある水琴はすごいなって思う」    彼女の夢をからかいもせず、まっすぐにそういったことが恥ずかしかったのか、水琴はちょっと頬を赤らめて、お……おうとよくわからない言葉を口にしていた。  そしてその続きを彼女が口にしようとした時、僕はクラスメイトから声をかけられ先生の呼び出しを受けたため職員室に向かうことになった。  中学3年、高校1・2年と同じクラスになれていたけれど、3年生になった時に僕と水琴は別のクラスになった。  だから会う機会も、話す機会も、一緒に遊びに行く機会も……かなり減ってしまったことが少し寂しかった。  もう……水琴に会えなくなるのか。  もう一度、はっきりとその言葉を噛みしめる。  全く会えなくなるわけじゃないけれど、お互い全く違う生活が始まり、そしてまたそこで新しい交友関係が生まれる。  水琴は誰とでもすぐに仲良く慣れるから、専門学校に行ってもすぐ友だちができるだろう。  そうすれば、今までのように遊びに行く機会なんてなくなるのだろう。  何年もしてから偶然まちなかで再会して、お互い全く知らない人になっているのかもしれない。  それはとてもさみしいことだなと、想像しただけなのに僕の胸は痛みを覚えた。  ふと我に返ると、プログラムの一番最後の在校生代表あいさつが終わっていた。  静寂に包まれた体育館に、少しずつざわめきが戻ってきて予め決められた通り、先頭の列……つまり1組から綺麗に席を立って体育館から出ていく。  この後は教室に戻り、それぞれが別れを惜しんで終了。  僕たちの高校生活が、完全に終わることになるのだなと、そう思いながら僕は席から立ち上がり体育館の出口に、綺麗な姿勢で歩く水琴を見つめたまま思っていた。 (僕は意気地なしだな……あのときの10cmを縮めることもできなくて、むしろ広げてしまって)  無意識に溜息がこぼれる。  やがて退場の順番は僕のクラスになり、僕は空虚な気持ちのまま席を立ち歩み始める。  特に思い残すことなんて無い学び舎。  退屈な授業、繰り返す日常。  上っ面ばかりで中身のない馴れ合いのような付き合い。  それは僕自身が誰にも心を開かなかった結果だけど、でもやはりいい思い出というタグで検索をかけても、僕の思い出の中でいいものというのは殆どなかった。    いや……はっきりと言おう。  僕がこの学校という世界の中で唯一、思い出と呼べるのは、色づいて見えるのは……水琴と過ごした時間だけだった。  彼女といるときはつまらない日常に色が添えられたように感じた。  彼女の歯切れの良い口調や、耳に心地よい少し高いはっきりとした声。  いつでも無邪気な笑みを浮かべる顔。  あのひ……偶然に見た、泣き顔のそれでも美しかった彼女の顔。  その全部が、僕が勇気を持てないから……臆病だから、今日ここに思い出として置いていくしかない。  わかっている。  わかっていたことなのに、なんで僕はこんなに悲しくて、つらい思いを抱いているのだろう。  特に交わす言葉もなくて、涙を流して抱き合っている女子や、再会を誓い合う男子たちを横目にそっと教室を出る。  一度だけ振り返って、僕が過ごした教室を眺めてみる。  窓際の後ろから3番めの席。  そこから眺めていた、水琴の体育のときの姿をふと思い出す。 『卒業おめでとう!君たちの門出に幸多からんことを』  教師が書き残したメッセージのある黒板。  ああ……これで僕の高校生という時代が終わるんだな。  すこし心に穴が空いたような気持ちになりながら、ゆっくりと廊下を歩き出す。  この廊下を歩き、階段を2階分降りて、少し歩いて下駄箱。  そこで靴を履き替えて少し歩けば、本当に僕の高校生活は終わる。  炊いていい思い出がないと言いながら、なんで僕はこんなにもこの時間が過ぎ去ることを怖がっているのだろう。  自分でもわからない感情に心が乱れる。  卒業しても、今度は大学生というステージが始まるだけ。  1年分余計に年令を重ねるだけで、何も変わりはしない。  そう思っているはずなのに、1歩すすむ度に僕の足取りは重くなる。  それでもその程度のことで、僕の歩みが止まるはずもなくて、僕はなんだかはっきりしない気持ちを抱いたまま下駄箱にたどり着き、自分のネームプレートの書かれた場所から靴を取り出す。  上履きは特に記念に取っておくほどのものでもないから、手近なところにあったゴミ箱に投げ入れる。  ゆっくりと歩みを進めて、昇降口から外に出て、何故か僕は校舎を振り返った。 (僕の通っていた学校はこれほど広かったんだな……)  毎日見ていたはずの景色なのに、今日はなぜか違って見えることを不思議に思う。 「明雄! ここに居たんだ!」    校舎をぼんやりと見上げていた僕の耳に、聞き馴染んだ声が聞こえて、僕は校舎から視線を外して声のした方を見る。  そこには荒い息を吐きながら、走り寄ってくる水琴の姿があった。 「なんだよ明雄。最後なんだしと思って教室に迎えに行ったら、居なくてさ……探したんだよ」 「あ……ああ、悪い。水琴は僕と違って友達多いだろ、別れを惜しんでるのかなって思ってさ」  嘘だ。  本当は卒業式の熱気に当てられて、誰かが水琴を呼び出して告白するんじゃないかって思ってた。  それを目の当たりにするのが怖くて、僕は敢えて彼女の教室を避けてここに来ていたのだ。 「あという間だったねぇ……3年って」  不意に水琴が言う。 「そうだね……あっという間だった。こうやって気がつけば僕たちはどんどん年を取って、いつかおじさんになるんだろうか」 「ふふ……明雄がおじさんねぇ……どんなおじさんになるんだろね。やっぱりよくテレビで見るみたいなヨレヨレの背広を着たサラリーマンみたいな感じかな」  いじめっ子のような笑みを浮かべて水琴が言う。  言葉のチョイスよ……と心のなかでツッコミを入れつつ僕は笑顔を返す。 「じゃあ水琴は凄腕のパタンナーとして業界でも注目されてたりしてね」 「ん~……どうなんだろうね……。ただ……私この高校でやり残したこと有るから……このままじゃ卒業しきれないかなぁ」 「やり残したこと?」  水琴の言いたいことがよく分からなくて、僕は首を傾げる。 「覚えてない? あの夕方に校舎裏であんたと話したこと」  水琴は遠くを見るように視線を宙に向けて言葉を続ける。 「私がさ……友達は簡単にできるけど、恋はうまく行かないって言った時、あんたはなんて答えたか覚えてる?」  水琴の問いかけ。  忘れるはずがない。  水琴との思い出の中でも、一番鮮明に覚えていることだから。 「水琴の本当の良さを解ってくれる男子は、絶対にいるよ。だからその人といつか巡り会えたら良いね……僕はそういったよね」 「本当はね……私の本当の良さをわかってくれる男子に、とっくに出会ってたんだよ。その時の私は分からなかったけどね。ほら……私馬鹿だからさ。それが分かった時にはもうその男子とちょっとだけ疎遠になっちゃってて、それにどうしても関係性が変わることが怖くてさ……でも、私達は卒業するじゃん。それぞれ進路も違うからもう合うこともないかもしれない」  水琴はそこで言葉を切り、少し大股で僕の方に近寄ってくる。  1歩1歩確かめるようにしっかりと、そしてまっすぐに。  そして彼女は僕の前に立つ。  ぼくの30cm手前に。  あの日,10cmまで近寄れた僕たちの距離は、いまは30cmになっている。そう思うと胸が痛んだ。  やがて進む先が違うからこの距離はどんどんと開いて、あうこともなくなるのかなと思うと苦しかった。 「明雄……、私はあなたのことが……好き……みたい。私が私のままで居ていい貴方のそばはとても心地よくて、かけがえないと思ってる……だから、今更でゴメンだけど……進路も違うし色々有ると思うけど……私の恋人になって欲しい」  顔を真赤にして、それでも僕のめを真っ直ぐに見つめる水琴の、飾り気のない正直な言葉。  瞳には今にも溢れそうなくらい涙をたたえて、それでも少しもそらすことなく僕を見つめる。  だから僕は下手な言葉を発することはしないで、ただ黙って30cmを飛び越えた。  僕はそっと、だけどこれ以上無いくらい気持ちを込めて彼女を抱きしめた。  僕と彼女の間に……もう距離は存在しなかった。 (あとがき的なもの)  こんちこんばん!  浅学非才の無能モノでおなじみの、安濃津水月でございます。  色々とプロットを作ろうと試行錯誤している中で、自作品を見返したりしていたんですが……。  君と僕の10cmのなんとなくまだ続くんじゃね? この話的なところが少し気にかかってしまい、んじゃあ後日端的なものかこうず!ってなって勢いのまま突っ走ってしまいました。  勢いだけで書き上げたので、描写が稚拙だなぁと思っても居ますけれど、とにかく書き上げられて安堵してます。  結構色々書かせていただいている中で、完全成就した作品はじつは少ないんですよね。 『この糸を手繰りて』だとルートによっては龍樹は董花を選ばないですし……。  まぁ『疵痕』と『この糸を手繰りて』の一部ルート、そして今作くらいじゃないでしょうか?  完全に結ばれたと明言できる作品は……。  まぁ話が長くなりましたが、恋愛経験乏しいくせに恋愛物を書きたい病に罹患している、文才もなにもない安濃津水月ではありますけれども、今後も名作の合間の箸休め的に、拙作を読んでいただけたら嬉しいなって思います。  2023年12月20日 安濃津 水月(記)      
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