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「わたし何やってんだろうね」  初めて蓮見さんと言葉を交わした日以来、僕はお昼休みに学校を抜け出して彼女と昼食を共にするようになっていた。校則では下校まで学校の敷地内を出てはいけないことになっているので、バレたらただでは済まないだろう。 「せっかくそこそこいい高校入れたのに。これじゃ進級できないよ」  会うようになってちょうど一週間が経った今日、蓮見さんは、学校に来られなくなった経緯を教えてくれた。中学校の時にいじめを受けていて、トラウマで教室に入るのが怖くなっていること。入学式にはなんとか出られたけど、翌日からは恐怖心が優ってしまっていること。時々登校を試みるけれども、学校が近づくとどうしても息苦しくなって、この東屋で休んでいること。 「お母さんもお父さんもわたしのためにいろいろ頑張ってくれてるのに、情けないなあ」  自嘲的に笑う彼女にどう声をかけるべきなのか、医療的な正解はわからないけれど。  僕なりの逃げ道に彼女を連れて行くことならできる。 「どうぞ」  僕はいくつかのおかずを容器に取り分け、彼女に差し出した。彼女はそれを受け取って膝に乗せ、「いただきます」と手を合わせて割り箸を割った。初めて出会った時と同じく、左の箸頭だけが大きい不揃いな割れ方。  今日の一口目に選ばれたのはきんぴらごぼうだった。細く切られたごぼうとにんじんを箸で器用に掴み、口に運ぶ。出会った初日のような躊躇はもうない。彼女は僕の作った弁当を食べる権利を、代わりに僕は彼女の喜ぶ顔を見る権利を、それぞれ当然に持っていた。 「んー! おいしい! ごぼうってこんなにおいしかったっけ?」  初めて話した時の彼女からは想像もつかないような弾んだ声。 「砂糖を少し多めにしてみたんだ。蓮見さん、これくらいが好きだろうなと思って」 「なーんと。この味付けに慣れたらわたし太っちゃうよう」 「大丈夫、じゃないかな……」  女の子との会話に慣れていたらもっと気の利いた返しができるのだろう、と自分を不甲斐なく思う。と同時に、口下手でも自分なりのやり方で彼女を笑顔にできていることがうれしくもある。 「家でもよく作ってるの?」  ふいにそう尋ねられて、ちくりと、胸に痛みが走った。 「……いや、自分の弁当だけ」  箸を持つ親指に力を入れながら、なるべく感情を悟られないように答える。 「そうなんだー。すごいおいしいから、毎日家族の分も担当してるのかなって思った」  ——そんなことは許されない。  頭で浮かんだその言葉を、僕は彼女には伝えなかった。
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