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「明日、学校に行ってみたいから、一緒に行ってほしい」  蓮見さんにそう頼まれたのは、初めて言葉を交わした日から一ヶ月ほど経った日のことだった。  翌朝、僕らはいつもの東屋で待ち合わせ、学校へと向かった。  東屋を出て、橋を渡る。並んで歩いていたけど、途中で反対側から来た自転車を避けるために彼女が僕の後ろに移動し、前後に並ぶ形となった。  真後ろから彼女の足音が聞こえるたび、背中のあたりに静電気のような細かい緊張が走った。髪は後ろまできちんと整えていたっけ。ブレザーの埃はちゃんと叩いてきたっけ。  不安でかすかに呼吸が乱れるのを感じながら歩いていると、ふいに、左手の袖に引力を感じた。  振り返ると、蓮見さんが下を向いて、僕の袖を右手の親指と人差し指で挟んで立ち止まっていた。 「蓮見さん?」  呼びかけても、彼女は下を向いたまま黙っていた。唇が、心なしかいつもより青白く見えた。 「どうしたの?」  彼女は何度か瞬きをしてから、ほとんどやっとの思いでというような声音でひとこと。 「……怖い」  半年ぶりの学校だ。僕には想像できないけれど、きっと、相当緊張するに違いない。  こういう時、「大丈夫、僕がついてるから」とかかっこよく言えたらいいのだけど、そういうセリフが似合う身分ではないのは重々自覚している。  だから僕は、僕なりのやり方で彼女を励ます。 「ねえ、蓮見さん」    ここで僕は、彼女を奮い立たせるためのとっておきの一言を口にした。 「今日は、この前リクエストされたそぼろ入り卵焼き作ってきたよ」 「え」  彼女がそこで初めて顔を上げた。まだ一度も使われていない黒板のようにきれいな瞳に、くっきりと僕の顔が描かれる。 「学校行ったら、また一緒にご飯食べよう。卵焼き、今日は全部蓮見さんにあげるよ」  彼女は僕の袖を握る指先にきゅっと力を込めてから、こくりと頷いた。  僕は、少しのためらいの後、勇気を出して彼女の右手をそっと握った。拒否されなかったので、僕はそのまま彼女の手を引いて橋を歩いた。  橋を渡り終えた僕らは、並木道を歩いて公園の出口へと向かった。あと五分ほど歩けば公園を出て、そこからさらに五分ほど歩くと学校に到着する。    先に進むにつれてどんどん大きくなる彼女の呼吸音を鼓膜で受け取りながら、僕はひそかに考えた。  もし、彼女が今日を境に、学校に行けるようになった場合、どんな未来が待っているか。  彼女はずっとそれを目指していたし、彼女の夢が叶うことは僕にとっても喜ばしいことだ。  ……喜ばしい、のだけど。  彼女が「普通に」教室に入れるようになった場合、これから先、彼女は僕と一緒に弁当を食べてくれるだろうか。  もし彼女が完全に回復したなら、わざわざ僕とお昼を共にする理由はないだろう。  同性の友達を作ってその子たちとお昼休みを過ごすか、あるいは、誰かもっと特別な相手ができたり。  つまり、今日の結果次第では、僕らの関係には終わりが——。  突然、左手が重たくなるのを感じた。 「蓮見さん?」  振り返ると、彼女が僕の左手を握ったまま、膝をついて倒れこんでいた。 「やっぱり、怖い……」  ぜえぜえと、苦しそうに肩を上下させながら彼女は言った。
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