【後日談】きみの瞳に恋してる★

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【後日談】きみの瞳に恋してる★

「あー、疲れた……」  ユズハの誕生日の夜。宮廷内での祝宴が終わり、寝室へと戻ったユズハは、大きなベッドにどさりと体を投げ出した。  宮廷に来て二年、今はおおむねユズハの存在は受け入れられている。オメガではあるが、アサギの狙い通り、王子を身籠り産んだことで、古くからの意識にどっぷりと浸かっている人たちは黙らせることが出来たし、比較的若い世代は、使用人を含め、アサギのユズハに対する溺愛ぶりを見て、無碍にしてはいけない人だと悟ったようだった。  そんな環境だからこそ、こうして祝宴が開かれるわけで、ユズハが想像して覚悟をしていた宮廷での暮らしは、ずっとユズハに優しく穏やかに過ぎていっていた。 「そろそろスオウを迎えに行かなきゃ」  二歳になったユズハの愛し子は、今日は母に預けられている。祝宴にも少しだけ顔を出していたがさすがに飽きて、母が自室で世話をしてくれていた。  ユズハは大きく呼吸をしてから起き上がり、そのまま部屋を突っ切ってドアを開けた。そこですぐに誰かにぶつかってしまう。見上げると、厨房で働いている使用人だった。慌てた顔で、申し訳ございません、とこちらを見やる。 「お妃様、お怪我はありませんか?」  慌てる使用人の彼にユズハは、ごめんね、と謝ってから、大丈夫、と微笑む。 「それなら良かったです」  ユズハを見つめ、大きく息を吐いた使用人に、大袈裟だよ、と返して笑うと、ユズハ、と声がして、ユズハは使用人の体の陰から廊下を覗き込んだ。 「誰彼構わず魅了するな。お前は俺のものなんだから」  少し拗ねた口調でまくし立てながらこちらに向かって来るのはアサギだった。今日はユズハに漢服を着て欲しいからと、自分も揃えて漢服を着ている。かつてはこの国の正装とされていたが、今はそんな決まりもなく、アサギ自身が服にこだわらないので、式典でもそれぞれ好きな衣服を纏って出席する人が増えていた。今日も来賓はさまざまな衣装で来ていたように思う。そんなことひとつでも、アサギという新しい風が宮廷に吹いている気がして、ユズハはなんだか嬉しかった。 「そんなことしてません。それより、この方呼びつけて何するの?」  国王正室の寝室は、誰でも入れるものではない、とてもプライベートな場所だ。特に側室を持たないアサギにとっては、自身の寝室でもあるため、限られた人しか入れない。それでも呼ばれない限り、近くにも来れないのが普通だ。  目の前の彼も、きっとアサギに呼ばれてきているのだろう。 「少し頼み事をした――中に置いたら、もう休んでいい。悪かったな、時間外に」  こちらへとたどり着いたアサギが使用人に話す。使用人は横に携えていたワゴンを部屋の中へと押してから、その場を立ち去った。 「どうしたの? これ」 「うん、ちょっとユズハを驚かせようと思って」  アサギが微笑み、ユズハの腰を抱えて部屋の中へと入る。ユズハはそれに首を傾げてから、あ、と声にした。 「それより、アサギ。スオウ迎えにいかなくちゃ」 「スオウなら、今夜は義母上にお任せしている。もとよりあの子は一度寝たら朝まで起きないだろう」  今頃はもうぐっすりと眠っている、とアサギが部屋のソファに腰掛けた。ユズハは、そうだったんだ、とアサギの隣に落ち着いた。 「じゃあ、もうどこにも出ないよね」  ユズハは、ふう、と息を吐いてから羽織に手を掛けた。着なれない衣装は少し苦しかったからすぐに脱いでしまおうと思ったのだが、アサギがその手を止める。 「もう少し、我慢してほしい。これから二人でユズハの誕生日を祝うのだから」  そう言われてしまっては、受け入れるしかない。スオウが生まれてから、アサギとユズハに与えられた二人きりの時間はそう多くはなかった。ユズハがスオウを侍女に任せるのではなく、自分で育てたいと言ったせいもあるのだが、忙しいアサギと想像以上の子育ての大変さに疲れ切ってすぐに寝てしまうユズハは、すれ違うことが多かった。  二人きりの穏やかな時間はもういつぶりかも分からない。 「ありがと……おれを驚かせるって、これ?」 「ああ。祝宴では何も食べられなかったと思って、別に用意して貰ったんだ」  アサギが立ち上がると、ワゴンに被せられていた金属製のカバーを持ち上げる。中には、ケーキと酒の瓶が入っていた。
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