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失恋、そして出会い
私は路上で息を飲んでいた。
湧き上がってくるものを、必死にこらえていた。
さわさわと紅葉がささめき出したとある日曜日、目の前には、高さおよそ3メートル、幅はおよそ6メートルもあろうかという巨大なアート・パネルがある。
それは遊歩道の中に突如として設置された写真パネルで、そこに映っているのは、欧風の容貌をした二十歳ぐらいの女性だった。
まるで映画の黎明期から切り取られたように、色調はモノクロで統一され、おそらくは金髪と思われる女性が、外国車のボンネットに頬杖をつき、こちらに微笑みかけている。その肌には艶があり、小じわの一つもない。黒のドレスに身を包み、露出した二の腕はたるみもなく引き締まっている。
第一線を走るスーパーモデルのようだが、私はこの人を見たことがない。
でも、なんて美しい人なんだろう。このぐらい美しければ、ありふれた悲しみなんか容易に笑い飛ばせるはずだ。
瞳にも翳りはなく、微笑も怜悧な印象だ。細かな装飾の施されたネイルアートも、やや崩したヘアスタイルにも、背景にあるスタッフの先鋭的な仕事ぶりが見てとれた。これだけ大きく引き伸ばして、一つもあらがないのだ。無地の背景も、光の反射角度にも、きっと想像もつかないアイディアが盛り込まれているのだろう。この写真を撮ったカメラマンは、さぞかし業界で名を馳せている人だろう、とも思った。
美しく生まれただけで、世界は薔薇色に見えるに違いない。そこにあったはずの努力や反骨心も、軌道に乗るためのツールに過ぎない。美しく生まれただけで優越感があり、数多の恋さえも自由に手に入れられる。
不公平だ⋯。
人間が平等なんて、嘘っぱちだ⋯。
ぐっと拳を握った途端、体の中のぜんまいが動き出し、涙が溢れてきた。からからと音を立てながら、追って悲しみも込み上げてきた。
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