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『アオイ』  少女によく似た声だった、これはおそらく私が息を止めて最初に耳にした言葉。 『お母さん』  死後の世界はもっと無に近いものだと思っていた、生々しく温度があり、妙にリアルな音が耳に響く。 『アオイ、私だよ……イトだよ』  違う、きっとこれは、死後の世界なんかじゃない。 「アオイ……」  目を開ける、少女と目が合った。 「……イト」  躊躇いながら、少女の頬に触れる。 淀みのない澄んだ瞳、目の下の涙ぼくろ、私があの日着せたトレーナー。 「私……イトだよ、この服、覚えてるよね」 「イト、覚えてるよ。逢いにきてくれてありがと……」  もっと少女の顔を近くでみたい、力の入らない身体を支えられながら起き上がる。 「大きくなったね、相変わらず可愛いけど」 「そんなこと今はいいよ……アオイ、身体冷たいよ」 「見ない間に言葉も上手に話せるようになって感動してる、身体が冷たいのはイトも同じだよ」  相変わらず、表情は乏しい。 ただ少女の目が潤んでいる、少女の中には心がある。 「……アオイ」 「どうしたの?」 「アオイ、ありがとう」 「イト」 「なに?」 「愛してる」 「『愛してる』ってなに……?」  十二歳の少女に、次は『愛してる』を感じさせたい。 誰に追われようと引き裂かれないように手を繋いで、ずっと暖かさの中にいよう。 「イト」 「……ん?」 「少し歩くようだけど、私の家に来る?」 「でもそんなことしたら、アオイが……」 「いいよ、私はどうなってもいい。それに私はイトの『お母さん』だから」  肩を震わす少女を抱きしめる。 折れてしまいそうなほどに細い身体を包む、何度も、その名前を呼ぶ。 「アオイ」 「なに?」 『ずっと一緒にいてほしい』 「イト」 「……ん?」 「それが愛だよ」  みつけた、私が死ねなかった理由。 そして、これから私が息をする場所。 溢れるほどの愛を注ぐ、愛おしい少女の温度。
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