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 何度目の推敲だろう、この二千字と少しのシーンを数えきれないほど読み返しては消してを繰り返している。 私の六年前の真実の物語、当時二十歳の私が出逢った少女との一瞬を永遠に残すための形。 「嘘つきだ……」  このシーンの最後、私は少女の着ていた服を抱いて眠る。 当時の私は、その服を洗ってすぐにゴミ袋へ捨てた。それがこの物語を『フィクション』と分類する理由。 少女が誰かの手によって保護された場合、事件性が高いと判断される条件は充分過ぎるほど揃っている。いつかのラジオ番組で聞いた『家出少女を一時保護した場合、罪に問われる可能性がある』という言葉を思い出したからだ。 たった数分の出来事に全てが崩れてしまったらと焦燥に駆られ、震えた手でゴミ袋を縛った。 少女が使用した浴槽を何度も擦り、必要以上の清掃を一週間ほど繰り返した。  本当は忘れたくない少女との数分間、何も知らない少女は私のことを『お母さん』と呼んだ。 思い出すことすら酷になり、画面を閉じる。少女との一瞬を抱え続けるように、以前はパソコンのみにインストールしていた小説投稿サイトをスマートフォンにもインストールした。 「この人……デビューしたんだ、私よりフォロワーも閲覧数も少なかったのに」  姪の誕生日プレゼントを探しに書店へ立ち寄った。避けていたはずが無意識にライト文芸の本棚へ足が向いてしまう。 作家を志していた十代後半、夢は追えば叶うと盲目的に信じていたあの頃の痛い記憶。 欠片も形を成さずに散った可能性の残骸が脳裏に浮かぶ。 「私の三つ下だから、二十三歳か。若いのにすごいな……直向きな子だったから叶えられて当然だよね」  劣等感と後悔が渦巻く。 もし夢を叶えられていたら、私もこの本棚に並んでいたのかもしれない。隣で言葉を交わしながら、祝い酒を味わえていた世界線があったのかもしれない。  そんな妄想が蝕んでいく、戻らない季節を悔やんでは成功した者を羨む。 誰かとの想い出を言葉に起こすことは綺麗なことなのかもしれない、でも私の言葉は未練に縋るだけの醜い行為が生んだもの。私が綴った言葉を私自身が肯定できる日は、生涯訪れない。 「……」  絵本を数冊購入し、子供服と玩具の置かれた店の前を通る。 目を抉るほどにカラフルな布切れがちらつく。可愛らしい動物のイラストがプリントアウトされている。子供嫌いな私が最後に見た子供服は、少女の見窄らしいワンピース。 「これ……あの子くらいのサイズかな」  淡いシャボン玉の刺繍があしらわれているワンピースが、記憶の中の少女の雰囲気と一致した。 腹部が少し絞られ、袖が広がっているデザイン。童話の主人公が身に纏っているようなソレが、対極の少女と重なる。 「お子様用ですか?」 「あっ……いえ、すみません」  店員からの言葉に、私自身の年齢を自覚する。 二十六歳、三つ下の妹は既に二児の母。同級生からの結婚報告、送られてくる子供の画像、数えきれないほどの幸せな現状報告を受けるたびに、私の背は丸くなっていった。 胸を張れないまま歳を重ね、ただ命の終点を待つようになった。 「すみません……急用を思い出したのでまた今度来ます」  目すら合わせられないまま店を出る。きっとまた猫背のまま、全世界からの視線を遮断するように。本当に見窄らしいのは、私の方なのかもしれない。  
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