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 薄暗い部屋、硬い床に寝そべる。 まっさらな天井をみつめて、視界が揺らいでいることに気づく。 少しして起き上がり、鞄から絵本を取り出す。対象年齢は、三歳から六歳。  惰性で湯を沸かし、電子ストーブの前へ腰掛ける。 ただ熱いだけの液体を空の体内へ流し込む、私は今も生きている。 幼い頃から、生きることには悲観的だった。長生きをする気も、健康体を望む気もなく、生まれてきた意味と、命が終わるまでの時間を漠然と考えていた。 「……あと七十四年」  人生百年時代、医療は誇らしげにそう謳う。 夢があれば、依存先があれば、守りたい存在がいれば、私はこの七十四年を喜べていただろうか。   思い出したようにカーテンを開ける。 今日は雨、少女と出逢った日と同じ豪雨。 今なら全てを捨てられる気がする、あの日の少女のような薄着とサンダルで家を飛び出せる。 「イトの服、残しておけばよかったな……」  あの日以降、少女の話を耳にしたことはない。 六年という歳月の中で一度も『イト』の名を聞いていない。 少女がこの世界で生きているのか、本当の『お母さん』は見つかったか、『ありがとう』の意味と本当の『大切』を感じられる日を迎えられたか。 私はただ、少女が最期に言葉を交わした人が私でないことを願う。 『続いて、行方不明となっている中学生に関する情報です』  つけっぱなしのテレビから、アナウンサーの声が響く。 『行方不明の中学生』その単語に微かな可能性を抱き、画面へ視線を向ける。 「イト……?」  古着のようなトレーナーを着用、体格は百五十センチ程度の痩せ型、髪は膝にかかるほどの長さで、写真はない。 そんなありふれた特徴を少女と重ねてしまう。 『女子中学生は見回り中の警察官から声を掛けられた際『人生で一度だけ会った女性がいる、その人に会いにいく』と言い、その場を立ち去った模様。警察は女子中学生の捜索を続けています』  淡々としたアナウンサーの声が何度も頭に響く。 「イトは今……十二歳……中学生」  確証はない、行方不明の女子中学生は残酷にも溢れるほど存在しているのが現状。 少女が生きているかすら、今の私にはわからないけれど、今を逃せば私は一生、イトに逢えないような予感がした。 『私がイトの母親です』  そう置き手紙を残し、薄着のまま家を出る。衝動に身を投げる。  もし、私がこの家へ戻ってくることができなかったら。 その時は私の腕の中にイトが眠っていてほしい。  もし、イトが六年間愛のない世界で息をしていたのなら。 最期は、溺れるほどの愛に包まれながら息を止めてほしい。  我儘なエゴに従うまま駆ける。 私は一度、少女のお母さんに、イトへ愛を注ぐ人になったのだから。
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