第五章

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 自宅療養は思いのほか優しい日々として穏やかに過ぎていった。忍のそばにできるだけいたいと休職願いを出した瞬を、忍は咎めることはなく受理をしてと槙野に指示を出し、それからすでに3ヶ月。まるで最初の頃のように二人は常に同じ空間で過ごしていた。  時折激しい痛みに苛まれる忍のために、瞬は訪問看護を頼んでいた。モルヒネの量はもちろん、看護師がいてくれる時にそうなった時はあらゆる手を尽くしてケアをしてくれる。瞬も初めは動揺したものの、最近では忍が落ち着くまで体をさすったり抱き寄せてみたり、できるかぎり寄り添っていた。  時折訪れる槙野や安曇、そして瞬とは面識もなかったような忍の知り合いに忍は丁寧に向き合い、突然の来訪であっても感謝を述べた。  だが、なぜか一人だけ頑なに足を運ばない人物がいた。 そう。佑だ。  忍がやれやれと窓の外に目を向ける。きっと佑はかなりの我慢をしている。彼にとっては見過ごせない何かがあったのだろう。自分で処理し切れない感情を持て余したままここへ来てしまえば取り乱して忍に縋ってしまうのを見越して自制をしているのだと、ずっと佑の世話をしていた忍には見当がつく。忍の手を煩わせないように意地でもここへ顔を出さないのだと。不器用な子だなと苦笑が漏れる。  スマートフォンを取り上げて、佑の番号に繋ぐ。さすがに着信拒否まではしていない。何度か響いたコール音の後で、憔悴した声が「何」と呟いた。 「佑? 元気にしている? ……来てくれないのかな?」  揶揄うような声で尋ねてやると、佑が力なくため息をついたのが分かった。 「俺、今あんたのそばにいないほうがいいと思う。迷惑かけることしかできないよ」 「今更何を言ってるのかな。君にかけられる面倒を迷惑だなんて僕が言ったことあるかな?」 「ない。ないけど……」  懸命に自分を抑えようとしている佑にいいんだよ、と赦しを与える。 「そんなに我慢しなくていいんだよ。きっと心がぐちゃぐちゃで仕事もままならないんじゃない? ……おいで。僕と話せるのも今のうちだけだ。抱えているものを全部吐き出してしまうといい。聞いてあげるから」 「俺、あんたのことすごい責めるかもしれないよ。見当違いなことで」 「いいよ。君の魅力はそんな天邪鬼なところだから。……分かってるから、気にしなくていい」  電話越しでもその息遣いが震えているのが分かる。泣いているのだ。この3ヶ月、一人で泣かせてしまったのだろうかと心が痛む。  今から行く、と呟いて切れた通話画面を見下ろして、昼日中の都会を眺める。  いつのまにかリビングに入ってきていた瞬が、 「あいつ、やっと来る気になったのか?」 と呆れ気味に尋ねてくるのを見返して、うん、と微笑んだ。
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