ゆく川の流れは。

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「待ってください!僕高所恐怖症なんですぅ!!!!!」 「じゃあ下見んなよ!」 「だってこれでも妖怪の話を書いている物書きだもんで!資料は欲しいじゃないですかァァア怖いぃ!」 「だから怖いなら下みんな!暴れられると困るよ!落ちても責任取れないぞ!」 「わかりました見ませんッ!」 落ちるなんて真っ平ごめんだ! 「あぁ、でもそうだ、刻一刻と変化している世界の中、どうやって瑞葉さんの居場所を探すんですか?」 「あいつんちは見つけやすいんだよ。だって、ほら、あそこ。真っ黒いとこあるだろ、あそこの中にどーんとあるのがあいつの家。あそこはこの世界とちょっぴり断絶されててだな。だから配置が変わることはない。」 「話聞くだけでなんか怖そうなので見ません!要は家の周りが黒くなって、ブラックホールみたいになってるんでしょう!怖すぎます!というかなんか下降してませんか!大丈夫ですか!すみません重いですよね成人男性!」 「違う違う、ついたんだよ、目的地に。」  目を開けて辺りを見ると、そこには立派なお屋敷があった。 「立派な日本式のお家だぁ。」  「止まれ。」 その声の気迫に押され、ビタ、と体が動かなくなる。肩より少し上で綺麗に切り揃えられた綺麗な髪。華奢で小柄な体。頭から生える、狐の耳。 「ちょ、朱子ちゃん通してよ。」 どうやら、鴉天狗はここから先へ進めないようだ。結界か何かか? 「鴉天狗、そのニンゲンはなんだ。それを説明してからではないと結界は解けぬ。」 本物の結界……。 「迷い込んだんだよ、だからあっちの世界に返すため瑞葉さんにお力添え願おうと思ってな。」 「さっさとそこらで商品にでもして仕舞えば良いのに。この前の人間のことを忘れたのか?好き放題しやがって」 「違う!このニイちゃんはこの世界を荒らしてもいないし、面白半分で来たわけでもない。本当にただの事故で……。」 「我々を祓おうとしているわけでもあるまいな。答えよ、ニンゲン。」 「違います!」 じ、と見つめられる。いや、正確に言えば顔の上半分が狐の面で覆われているから、この女の子の目が僕を捉えているのかは分からないが。 「ふん、嘘じゃないみたいだな。まあ良い。通れ。早くいなくなるに越したことはない。瑞葉様にデコが擦りむけるほど頼み込んで、はやいとここの世界から消えろ。」 「ありがとう!」 そう言って鴉天狗は僕を抱き抱えたまま門をくぐった。 「ごめんな、朱子ちゃんは悪い子じゃないんだけど、ちょっと真面目っていうかさ」 「全部聞こえているぞ!」 「すみません!」 「さっき隣にいた、あかねさんの隣で青い文様の狐面をして立っていた方はどなたですか?」 「あぁ……。葵だ」 「喋らないんですね、あの方は。」 「……まあな。」  松の生えた庭園を抜けて玄関にたどり着いた。本当に広いお屋敷だ。 「そろそろおろしてもらえませんか、恥ずかしいので」 ここに降り立ってからも僕はずっとお姫様抱っこされているのである。 「駄目だ。私が触れていないと恐らく君は谷に引き摺り込まれてしまう。」 「あぁ……じゃあ、手を繋ぐとかでも……良いのでは……?この体制はちょっっっと成人男性には無理があるというか、えぇ」 「なんて言ってるうちにもう着いちゃったけどな。」 「じゃあ、あの方が」 「そうだ、瑞葉さんだ。」  白い肌に、長く生糸のような細くて綺麗な白髪、いや、銀髪?そして口元に浮かぶ淡い笑み。綺麗な女性d 「よく来たね。」 「だ、だんせ、ああ、でもよく見たら体つきががっしりしてらっしゃる……。」 「瑞葉さん美人だもんな。」 「はは、冗談はよしておくれよ。……それで、その子を向こうの世界に帰したいのだったね。」 なんでもう知っているんだ。 まだそのことについて僕も鴉天狗さんも何も言っていないのに。 「この子が教えてくれたからね。」 そう言ったのち、瑞葉さんの肩に一羽の烏が乗った。 「儂が送った。」 「あ、鴉天狗さんが。」 というか、さっき瑞葉さんにさらっと心の中を読まれた気がする。 「この屋敷にいつも出入りが許されているようなやつは大体使える能力だぞ。」 「あぁ、すまないね。つい聞こえてしまったものだから。」 「ヒェ……。」 「追い討ちをかけるようで申し訳ないのだけれどね……。」 「はい」 「君、後数ヶ月は元の世界に帰ることができないんだ。」 「ヒェ…………え⁉︎」 「あちらとの境界を誰かが通ってくるなんてなかなかないことだからね、おそらくそのせいで境界が閉じてしまった。」 なんてことだ。締め切りがあるというのに……。 「あぁ、安心しなさい、こちらでいう一ヶ月はあちらでいうたったの30分だ。」 「じゃあ、こっちの6ヶ月後は現世で言えばたったの3時間後?」 それならまあ……。いや、待て 「それまで僕はどこに住んだら良いのでしょうか……。」 「ここに住んでもらおうと思っている。」 「えっっっ」 「なんで鴉天狗さんが驚くんですか」 「だってここ妖怪の中でも上位のやつしか出入りできないんだぞ!下位の妖怪は近づくだけで処罰の対象だ。そんな屋敷に……瑞葉さんいいのか?」  「私が決めたことだ。ここの主人は私、分かるね。」 声の気迫に押されたのか、鴉天狗さんの羽が逆立ち、そして一気に萎んだのがわかった。 「……じゃあ、これから、ええ、よろしくお願いします。」 「それでなんだけれど、このままだと君は家の周りの溝に引き摺り込まれてしまうからね。鴉天狗の手を握ったままこちらにおいで。」 「瑞葉さん流石にあなたが人間に触れるなんて!」 「良いんだよ、気にするんじゃあない。手を出してご覧。」 瑞葉さんの手は冷たくて、そして白くて滑らかだった。 「わ!」 引っ張られて、抱き寄せられる。 「こちらを向いて、口を開けて、私を見上げるようにして。」 言われた通りにする。 「じっとしていなさい。」 そう言って瑞葉さんは僕に顔を近づけて口を開き、唾液を僕の口に垂らした。 「飲んで」 「へ」 「私の体液を接種すれば、ある程度この屋敷に馴染むことができるはずだ。少なくともはじかれたりはしないはずだよ。」 飲むしかないと悟った僕は、おとなしく瑞葉さんの唾液を飲み込んだ。 「もう離れても平気なはずだ。庭まで散歩してみようか。」 そうして、僕のこちらでの生活は始まった。 豪華な食事を出してもらい、疲れからか満腹になった僕はすぐに眠ってしまった。     「なんで泣いてるんだよ。」 「鴉天狗……。あぁ……どうしてだろうか。なんだか気づかなくてはいけないことに気がついていない気がするんだ」 「……よく分かんねえや!まあ、ゆっくり休みなよ。……あかねちゃんがすんげえ心配してるぞ。心の声がうるせえや。」  瑞葉は、庭に立つ2人の小狐たちの影を見つめていた。
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