月夜、見下ろせばウサギがいる

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 それはある夜のことだった。  黒光りするアスファルトを見つめながら、地面に染み込んでいる水分を全て吸ったかのようにズシリと重たい足を、何とか前に進める。  ──眠たい。  こうして帰路に就くのは確か、二週間ぶりとかだ。   というかまず、電車に乗ったのがそれくらい振りだ。  先程まで揺られていた終電の中では疲れている上に、隣に座っていた人のスマホからどこかの地域でカルガモの引越しが行われた──とか、動物園で脱走騒ぎが──とか、パンダの名前募集中──とか、そんな平和なニュースばかり流れていて、最寄りの駅ではなく眠りにつきそうになって大変だった。・・・・・・なんつって!!  ・・・・・・ああ、ダメだ。少し頭がおかしく・・・・・・。  そう、自嘲気味に笑った、その時だった。 「うわぁっ!?」 「うきゃうっ」  何かに躓き、べしゃりと雨の後の地面に転んだ。  ああ、俺の人生いつでもそうだ。そう、七転びの間に苦を挟んで八起き・・・・・・いやもう起きたくない、このまま転がっていたい。八転び八倒れ。ウーン、意味も語呂も悪い。 「あー痛いですねえ、ちゃんと足元見てくださいよ・・・・・・うわあ?! 大丈夫ですか!?」  慌てたような、高めの女性の声が聞こえる。ああ、転がったまま動かない男を誰かが心配してくれている。こんなに優しい人がこの世にはいるのか。  このまま永遠の眠りにつきたいとすら思っていたが、優しい人に迷惑をかける訳にはいかない。  最後の力を振り絞りきる覚悟で顔を上げながら「すみません、大丈夫で」と言った。  「す」は出てこなかった。人って驚くと本当に言葉って止まるんだなって思った。  そこにいたのは、優しい女性──ではなく、白いウサギだった。おしりの近くに茶色の毛で象られた三日月の模様がある。少し変わった模様だな。 「・・・・・・?」  あ、わかった。さっき声を掛けてくれた女性の飼いウサギだ。こんな夜中にリードも付けずに散歩とは、変わった飼い主さんだな。  さて、その飼い主さんはどこに行ったのだろうと辺りを見回してみるけれど、飼い主らしき女性はどこにも居ない。・・・・・・まさか、ウサギを置いてどこかに行った? 「えっと、きみの飼い主さんはどこに行ったのかな?」  動物に話しかけたって返事がないのはわかっている。それでも話しかけずにはいられなかっ── 「何を勘違いされているか知りませんけど、私は飼いウサギなどではありませんよ」 「えっ」  そう、返事なんてあるはずがなかった。はずなのだ。  しかしウサギはモヒモヒと口を動かしながら、先程聞こえたのと同じ、女性の声で言った。 「私を家畜と一緒にしないでいただけますか?」  ウサギが、喋った。 「えっ、えええええええ!?」  思わず渾身の叫び声を上げてしまった。  寝てた近隣の人たち、申し訳ありませんでした。
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