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4
「ドライオーガズムの快感は射精の快感の十倍。遊輔さん、壊れちゃうんじゃないですか」
気持ち良すぎて意図せぬ声を漏らす。膝裏がぐんにゃり弛緩し、目の前が真っ白に爆ぜ、連続で何度も絶頂する。
嘗て取材したウリ専の証言が脳裏を巡り、体の主導権を奪われた絶望が脈を乱す。
「抜けッ、ぁぐ、キツ」
「ギリギリまで追い詰められても許してとかごめんなさいとか言わないんですね。そんなんだからいじめたくなっちゃうんですよ」
腰を叩き付けるのと並行しペニスを掴んで塞き止める。行き場を失くした射精欲が暴れ狂い、イきたくてイきたくてイくことしか考えられなくなる。
「気持ちいいですか。顔、蕩けてますよ。中もぐちゃぐちゃ、どんどん熱くなってる。実は被虐願望あったり……」
「~~~~~~~~~!」
蹴りは空振り。頭突きは躱された。
「繋がってるのに暴れちゃ駄目じゃないですか、深く刺さって苦しいのはそっちでしょ」
「くそったれ」
「最上さんと何話してたんですか」
「カウンター裏に盗聴器仕掛けとけ、ストーキングはお手のもんだろ」
「よく回る舌ですね。喋るのも辛いでしょうに」
「口先三寸で世渡りしてきたからな」
「処世術ってヤツですか」
「リップサービスならくれてやる」
「噛みちぎられそうでおっかない」
「大暴投の勘違いで拘束目隠しプレイかます独りよがりのフニャチンはお呼びじゃねえってこった」
薫の声が遠く近く響き、昨夜の情景が曖昧に像を結ぶ。
「……なんで」
「え?」
「気に食わねえならシカトすりゃいいのに、カクテル一杯、サービスしにきた」
「あれか」
「偵察?」
「当てこすりですね」
昨日の夜、遊輔たちの前に立った薫はシェイカーを振り、タンブラーに注いだカクテルを提供した。
名前は確か。
「アプリコットフィズ。レモンジュースをソーダで割り、砂糖水にルジェ・クレーム・ド・アプリコットを混ぜた甘口カクテル」
ああ、薫で間違いねえ。
今の今まで本人と信じきれず、疑い続けた心を流暢な解説が打ちのめす。
カットレモンとロックアイスを沈めた琥珀色の酒。タンブラーを透かした笑顔は、どこか寂しげじゃなかったか。
「貴方の連れだから特別扱いしたんじゃありません、新規のお客様にはウェルカムドリンクをサービスするのがウチの流儀なんです」
「第一印象込みで?」
「遊輔さんに初めて淹れたカクテル覚えてますか」
「……、」
「忘れたんだ」
「スクリュードライバー」
「適当言うなよ」
「!ぃぐ、」
際どい角度で前立腺に食い込む。
「汗みずくですね」
カリ、と音がした。唇に固形物。口移しで氷を運ぶ。しかし咥え損ね、鎖骨のくぼみに取りこぼす。
「ちゃんと受け取ってください」
もういちど、口移しで氷を運ぶ。不器用に顔を傾け、おずおず舌を絡め、ガリゴリ噛み砕く。
「ごちそうさん」
胸元で音が鳴る。スマホの着信音。薫が背広をまさぐりだす。
「てめえ勝手に、」
スピーカーに切り替わる。
『風祭か』
耳元で最上の声がした。予想外の事態に硬直。
「話して」
逆らえば何をされるかわからない。ギュッと目を瞑り、唇を舐めて湿す。
たっぷり一呼吸おき、無愛想に平らげた声を吹き込む。
「……俺だけど。何?」
『起きてたか。ウチが今追ってる汚職政治家の話詳しく聞きてえって言ってたろ、さっきメールしたから見てくれ』
「サンキューな、い゛っ」
熱い肉が粘膜を巻き返し、突っ張った下肢が弛緩と硬直を繰り返す。
「……急ぎじゃなけりゃ切るぜ」
『ツレねえな~。覚えてんだろ、二・三年前にウチでバイトしてたミカちゃん。お前がお持ち帰りした……あの子にアドレス教えていい?元気にしてるか気にしてた』
ペニスが前立腺を押す。腰が浮く。
「ッ、ぐ」
『えっ駄目?』
「付き合ってたワケじゃねえし、変に気を持たせるふりしたくねえ」
『それもそうか』
「てかさ、俺をダシにして落とそうって下心見え見え。物にしてェなら実力で口説け」
『バレちまった』
幸いにして気付かれてない。男に犯されてると察しろという方が無茶か。
『バンダースナッチの件よろしく頼む』
野郎、最悪のタイミングで地雷を踏みやがった。
「断ったろ」
『貸しがある』
「一万円ぽっちで恩着せんな」
『返してから言え』
正論。最上は遊輔の情報網に期待している。どうやってごまかそうか考え、のろくさ口を開く。
「~~~~~~~~~~~~~!」
前触れなく抽送が再開された。あと一秒歯を食い縛るのが遅ければ、死ぬほど恥ずかしい喘ぎ声を聞かれていた。
『風祭?どうした?』
「なんでもねッ、ぁ」
『具合悪ィのか。飲みすぎ?』
「二日酔い、でッ、へばってるだけ、ッぁぐっ、気にすんな」
『置いてっちまってすまねえな、バーテンの子が後は任せろって言うもんだから。きちんと送ってもらったか』
声。やべえ、聞かれる。
抽送のペースが上がり、捏ね回された結合部がぐちゃぐちゃ音をたてる。目が見えない。苦しい。上下する暗闇の重圧、蒸発する理性、燃え上がる羞恥心。
「ん゛ッ、ん゛っ、ん゛っ」
衰え知らずの怒張を咥え込んだ体内が収縮し、突き上げに乗じた痙攣を引き起こす。
「早っ、く、切れ、も、限界」
息を荒げる遊輔。
『そっちが切れよ』
訝しむ最上。
「手ェ塞がってんだよ!!」
『デリヘル嬢と3P?川の字で腕枕かよ色男め』
意地悪い指が鈴口に栓し、待ち望んだ射精の瞬間をじらしにじらして引き伸ばす。
片や抉りこむように腰を打ち付け、急ピッチで追い上げていく。
「はッ、ぁっ、ンん゛っ、あっ、ぁっあ」
『風祭?おい大丈夫か、しっかりしろ』
「ほっとけ、ッぐ、ぁふ、ンっん゛、余裕ねェ、あとで掛け直す、ッから」
薫が手荒く腰を揺さぶり、仰け反る首筋や鎖骨を吸い立てる。直腸の襞がうねり、音速の快感が脊髄を貫く。
「イってください」
絶頂。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!」
射精は許されない。薫の手で禁じられている。そのぶん初体験のドライオーガズムは強烈で、もどかしげにシーツを蹴って咳き込む。
「かはっ」
『一体どうし』
最上の声が中途半端に切れる。通話の強制終了。目の前は相変わらず真っ暗だ。
「最後まで気付きませんでしたね。内心怪しんでたのかな、3Pどうとか言ってたし」
「はぁっ、はぁっ」
「大丈夫ですか」
「イかせてくれ」
「イったばかりなのに」
「前、で、擦って」
「メスイキじゃ満足できないんですか、欲張りだな」
「苦しい。切ねえ。頼む」
「許してほしい?」
頷く。
目隠しの下に指一本ねじこみ、覗き込んだ青年が微笑む。
「いいですよ」
次の瞬間、求めていた刺激が弾けた。長くしなやかな指がペニスに巻き付き、一際強くしごき立てる。
「ぁっ、あっ、ぁあっ」
ドライオーガズムの余韻がまだ冷めやらぬ内に刺激され、腰椎を引き抜く勢いで熱い迸りが駆け抜けた。
射精と入れ違いに急激に意識が遠のき、手錠が取り外される。
「ごめんなさい。やりすぎちゃいました」
ぐったりした遊輔を寝室から運び出し、リビングのソファーに寝かせる。
起きた時に文句を言われないようにシャツの前はしっかり閉じ、汚れた下着は取り替えてズボンを上げておく。
「全く……」
この人は無防備すぎる。
昨夜の薫がどんな気持ちで遊輔たちを迎えたのか、どんな気持ちでアプリコットフィズを出したのか、ちっとも察してくれない。
「遊輔さんが悪いんですよ。俺なんか甘やかすから、勘違いして付け上がっちゃうんだ」
抱くか抱かれるか選べと言われ後者を選んだのは、独占欲を拗らせた支配欲を持て余してるから。
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