魔法学校

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魔法学校

 * * *  トードア国の王都には伝統的な魔法学校があった。難しい試験を乗り越え選ばれた者たちだけが入学出来るところだ。卒業生は王宮付きの宮廷魔法使いになったり、研究者として未来が約束されていた。エリートの育成機関だと街の人から言われている。  ノアが座っている椅子の正面。長机の前には、ずらずらと灰色のローブ姿の男女が座っている。彼らは魔法学校の先生。  ノアは王都の魔法学校の入学試験に来ていた。  一人の初老の男が口の端を引き攣らせながらノアに向けて話し始めた。 「えーっと、ノア・リーシア君。え、じゅ、十八歳ぃ、で? 変異種の獣人、しかも猫って」 「はい! よろしくお願いしますっ!」  ノアは元気よく願書を面接官たちに差し出した。  いつもは、よれよれの白シャツを着ているが、今日は面接用に立派な服を着ていた。ネイビーのズボンと生成りの襟付きシャツ。細い燕脂色のボウタイまで締めている。  癖のある明るい亜麻色の髪もきちんと整えてきた。やる気は十分だった。  魔法学校への入学志望動機は、人間になる魔法が使えるようになりたい。  トードア国で義務教育が終わった人間は、将来なりたい仕事にあった専門学校へ通う人が多い。魔法学校も選択肢の一つとしてあった。  早く自立しなさい。一人でも生きられるように。  長年両親は、それが口癖だった。母はノアの顔を見るたびにヒステリーを起こす。だから父親には、できるだけ顔を見せるなと言われていた。子供のときからずっと。  ノアは三年前、義務教育が終わってから、すぐに街で働いた。  けれど、どんな仕事も上手くいかなかった。最初は、ひたむきに仕事に取り組む姿を見て職場でも重宝される。でも、すぐに自分の獣人性が仕事の邪魔をした。  この魔法学校へ入学するのは、ノアにとって最後の手段だった。 「しかしねぇ、猫が魔法使いか」 「俺は、じゅ、獣人です」  ノアは慌てて反論した。 「でも、ここに、自分で猫化のコントロールは出来ないって書いているよ」 「それは、はい」 「それじゃ、獣と同じだ」  もう一人の若い男の先生が、粘っこい声で値踏みするように言った。 「でも、俺は、どうしても魔法使いになる勉強がしたいんです」  大人の猫には発情期があった。  その間、誰にも迷惑をかけないようにノアは仕事を休む。  猫の姿を隠していても、毎回すぐにバレてしまった。発情期になるとノアの頭には猫の耳が生え、お尻にはしっぽが出る。小さな子供のときみたいに負の感情に囚われて完全に獣化することは少なくなったが、代わりに子供のときにはなかった性衝動がノアを困らせた。  猫の特徴が出てくると、親は慌ててノアを離れの隔離部屋に閉じ込めた。  昔、一度事件があった。  突然の発情期で職場だったパン屋に連絡が遅れ、心配した何も知らない同僚が離れにあるノアの隔離部屋に足を踏み入れた。  獣性が出てしまうと、ノアの気持ちは思い通りにならなくなる。親しくない人でも本能のままに求めてしまう。  そして母が言うところの「気持ち悪い声」で人を魅了して、ノアは相手をベッドに誘ってしまうのだ。あの時は同僚が逃げてくれたので最悪の事態は起こらなかった。  最近ではノアの事情が、街でも知れ渡り新しい仕事に就けなくなってしまった。  穢らわしい、獣の子。そう言われている。リーシアの家自体も変な目で見られていた。  自分が人間らしく自由に生きるためには、もう、魔法使いになるしか方法がないと思った。 「魔法使いになるんじゃなくて、うちの生徒の使い魔になるとか、どうだい?」  それはいい! と大きな声で笑われた。 「君も、その方が幸せじゃないかなぁ。人間として生きるのをやめてさぁ? 猫のまま、猫として生きれば君の困りごとも解決しないかい?」  そう言って魔法使いの先生たちは、ノアを馬鹿にするように笑い合う。一人の先生が手に持った杖をノアに向けた。 「ノア・リーシア。【真の姿を表せ】」  抗うことも出来なかった。ノアは突然魔法をかけられて、猫の姿に変化した。 「やっぱり、獣だ。それが君の本当の姿だよ」 「いやぁ、でも。そんな明るい毛の色じゃねぇ、魔法使いの猫にもなれない。魔法使いの猫といったら、黒と決まっているから。ま、筆記試験の成績はよかったよ。でもうちの学校に君は入学させられないよ」 「発情期で、うちの生徒を妊娠させたりしたら大変だからね。他の生徒の親御さんだって君の入学は許さない」  十八歳。学生になるのは遅過ぎる。とも言われた。  ノアは文字通り首根っこを掴まれて、試験会場からつまみ出された。そして持っていた荷物と共にノアは敷地外の地面に放り出される。  けれどノアは引き下がるわけにはいかなかった。どんなに獣人として迫害されても、ノアは魔法使いになりたかった。 「あの! ここがダメなら、他に俺が魔法使いになれるところはありませんか!」 「は、なんだ。僕は、猫の言葉はわからないんだがねぇ」  そう言いながら、魔法使いはノアの頭の上で杖を振った。そして、ノアの言った言葉を空中で拾い集めて読み取った。 (やっぱり、魔法を使えば、猫の言葉ってわかるんだ)  昔、森で出会った魔法使いもノアの言葉を理解していた。けれど目の前の先生みたいに、魔法の呪文は唱えていなかったし、タイムラグなしに会話が出来ていた。  ノアが出会ったのは、もしかしたら、すごい魔法使いだったのかもしれない。 「えー、なになに。他の場所? なら直接魔法使いに弟子入りでもしたらどうだい? ま、この辺だと常闇の魔法使いアーベルトがいるが、うちの卒業生を就職先として受け入れてくれたのは、過去の一度だけだね」 「え……?」 「偏屈で、看板の通り暗い魔法使いだよアーベルトは。じゃあ、もう会うこともないだろうけど」  猫を追い払うように手を動かされた。煉瓦造りの高い壁を見上げ、ノアは裏門のところに一人で座っている。周囲の人間は、猫のノアを見向きもしない。近くを通る野良猫も同じ。  ノアは、どこへ行っても相手にされない。  惨めだった。  猫じゃなければ、発情期さえなくなれば、幸せになれるのに。そう思った。気分はどんどん沈んでいく。このままでは元の人間の姿に戻れない。気持ちが浮上しない限り、猫の姿のままだ。 「どうしよう」  久しぶりに完全に獣化していた。  今までの経験上、すごく楽しいことでもない限り、明日の朝まではこの姿だ。  面倒な体だった。とにかく魔法学校の教師に教えてもらった通り、魔法使いの弟子にしてもらおうと思った。このまま何もせず、実家には帰れない。  ノアは猫の姿のまま森へと向かった。
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