赦しが得られるのなら

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──苦しいのかと女は問うた。笑うこともせず、怒ることもせず、硝子玉のように感情の篭もらぬ双眸を丸く見開いて問うた。白磁の肌や桜色の唇、肩まで伸びた烏の濡羽色の髪、通った鼻筋。人間味の薄いつくりものじみた顔貌に相応しく、人間らしい情動を帯びていない眼を私に向けて問うた。 私は答えた、苦しいと。 もうやめたいかと女は問うた。肉付きの薄い唇が落とす音には温度はまったく伴っておらず、硬質な響きが鼓膜を打つとあまりの冷たい響きに両の二の腕に鳥肌が浮かぶ。それは感情と表情をどこぞに置き忘れて、否、打ち捨ててきたかのよう。短い言葉は人間らしさのない非情とも、人間らしさを捨て去った哀切ともとれる問い掛けだった。 私は答えた、もうやめたいと。 私は答えた、終わりにしたいと。 ならばどうすると女は問うた。硝子玉を縁取る艶やかな睫毛はときおり上下し先の言葉を促すように視線が私へと向けられる。相も変わらず人間味は僅かたりとも孕んでいないが、静かに私の答えを待つさまは生来持ち得ている律儀さが窺えた。 ──私は答えた、 「連れて行ってくれ、お前の所へ」 ……女は微笑った。ましろい肌に色が差し、冬を超えた固い蕾が綻ぶように優しく咲った。 『──こっちに来るにはまだ早いよ、馬鹿』 涙を含んだ声で女は言った。 美しい姿貌が、朝の光を透かしながら崩れていく。 俺は行くなとも、ここに居てくれとも言えない。 ただ縋るように女へ手を伸ばした。 徐々にその細い身体が、光に輪郭を食われていく。 行くな、行かないでくれ、行くな、行くな──…… 「──」 後に残ったのは、数多の煌めく光の粒ばかり。 握った拳の中には何も残らない。 彼女のぬくもりも、声も、言葉も、何も。
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