出会いの味

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韓国 ソウル。 私が初めてこの国を訪れたのは小学生の時だった。 もちろん言葉なんて通じない。 文字を見たところで何と書いてあるのかすら想像もできない。 だから申し込んだのは終日添乗員同行のツアーだった。 夕食どきに両親と共に添乗員に連れられ、やって来たのは韓国産骨付きカルビが味わえる焼肉店だった。 韓国料理と言うと辛い料理ばかりのイメージだが、案外そうでないものも多く、私の口には合っていた。 「いらっしゃいませ」とカタコトの日本語でテキパキと案内する店員。 座敷に案内された私達が飲み物を選んでいると、別の店員が網に火をつけ、また別の店員が次々とつけあわせを運んで来た。 韓国海苔、白菜キムチ、豆もやしのナムル、カクテキ、チャプチェ、サンチュ、 エゴマの葉の漬物、コチュジャン・サムジャンという韓国味噌、きのこの塩炒め、ケランチムと言う卵焼きと茶碗蒸しのあいのこの様な物、見た目はこんにゃく、食感は豆腐の様な謎の黒い食べ物 (これはどんぐりの粉で作られたムクと 言う豆腐)等々…… 一気にテーブルがいっぱいになった。 そして子供がいるという事で大根の 水キムチも持ってきてくれた。 水キムチとはいわゆる酢漬けの事だ。 添乗員の話によると、辛くて食べれない 幼い子供達には通常の白菜キムチを水で軽く洗って辛味を落とし、食べさせるそうだ。 そうして徐々に辛味に慣れさせるらしい。 つけあわせがひと通り運ばれて来ると、 次は白いご飯だ。 箸やスプーンと同じ銀色をした器にたっぷりと入った白いご飯。 金属製になっていて、保温効果も抜群だ。 だがメインの肉がまだ来ていない。 そして大量に並べられたこれらの付け合せを一体、いつのタイミングで食べていいものなのか? 私はとりあえず両親の様子をみることにした。 すると父が白菜キムチを一切れ、口へと運んだ。 もう食べていいものなのか?と私は思った。 しかし母は一切、手をつけない…… どちらに倣う(ならう)べきなのか……… 私は母に従った。 ようやくメインの肉がやって来た。 自家製のタレにしっかり漬け込まれた帯状の骨付きカルビの肉が、くるくると巻かれ、皿にのっている。 肉の到着と共に、ベテラン感が漂う店員がすぐさま網の上にカルビを広げる。 ジューっとイイ音を上げ、カルビの余分な脂が下へ落ちると、更に火力が増し、炎が上がった。 片面がもうすぐ焼き上がる頃合で、 ベテラン店員がトングとハサミを使い、 肉を一口サイズに切り始めた。 左手にトング、右手にハサミ。 後に分かった事なのだが、これは意外と テクニックと手際の良さが必要なのだ。 両利きの私はのちにそれが役立つことを この時はまだ知らないでいた。 店員はひっくり返してもう片面を焼く。 焼きあがった合図に専用ダレの皿に肉をのせてくれた。 子供の手には少し重い金属製の箸でその肉を口へと運ぶ。 んん〜〜、なんて柔らかいのだろう! しっかり肉の歯ごたえも感じられつつも、全くスジっぽさがない! ジューシーでありながらも、脂がしつこくない。 甘めのタレがすぐさま白いご飯を呼び寄せる。 「ほら、これも焼けたわよ」とふた切れ目がのせられる。 今度のは少し大きめサイズだ。 私は肉にたっぷりとタレを絡ませ、一旦 ご飯の上にのせ、肉にかじりついた。 そしてすぐさまタレのついたご飯を放り込む。 あぁ……こちらも非常に柔らかい…… そしてご飯とのバランスも最高だ。 だがそろそろ塩気も欲しい…… すると傍(そば)でツアー客の食事が終わるのを待っている添乗員が韓国ならではの食べ方を教えてくれた。 サンチュを一枚取り、そこに焼きあがった肉をのせ、塩味(えんみ)の強い サムジャンを少しのせる。 辛味が平気な人はキムチなどを、辛味が 苦手な子供の私にはきのこの塩炒めと もやしのナムルをのせて包み、食べてみて下さいと渡された。 なるほど! この葉っぱはこの為のものなのか!と 思いながら、大きな口を開けて一気に放り込んだ。 ほぉぉぉ〜。 サンチュは葉が柔らかく、芯の部分は シャキシャキとしている。 私の舌はやがて肉とトッピングに行きつく。 甘みの後にサムジャンの塩味(えんみ)がしっかりとやってくる。 そこにきのこと豆もやしの歯ごたえと ごま油の風味が香る。 おおー、これも美味しい!! そしてご飯が進む…… サンチュは新鮮で実にみずみずしい。 葉がシャキッとしているのは、丁寧に 洗い冷水にさらしてある証拠だ。 肉やトッピングを覆い隠す大きめの葉は 後味をどこかスッキリとさせてくれる。 サムジャンは唐辛子のような辛さはなく、日本の味噌に近い。 これだけをご飯にのせてもいけそうだ…… トッピングもこんなに沢山あるのだから、色々な組み合わせを楽しめそうだ。 おもむろに父がメニューを見せてと言う。 あっ、毎度お馴染みの…… 父の「あれもこれも食べたい病」が発症した。 追加で頼んだのはヤンニョム ケジャンと言うカニの甘辛味噌漬けだった。 暑がりの母はさっぱりしたものが食べたいと言い、添乗員にオススメを聞いていた。 そして注文したのは水(みず)冷麺だ。 「お待たせしました」と先に来たのは、 カニの方だった。 父に「食べてみるか?」と聞かれたが、これは真っ赤な色をしており、見るからに辛そうだ…… なので、私は遠慮する事にした。 父は「あ〜辛い!」と言いながらも美味しそうに食べていた。 続いてやって来たのは母が頼んだ 水(みず)冷麺だった。 銀色のボウルの器で来たそれは、 シャーベット状の氷で冷たくなっている。 麺はそうめんの様に細く、灰色っぽい色をしている。 具材はチャーシューの様な肉とピーラーで薄くむいたキュウリと大根と梨が入っていた。 店員はこれまたハサミで麺を十字にカットし、「お好みでどうぞ」と言いながら、 カラシとお酢をテーブルに置いた。 母が一口食べる。 すると「何これ!?美味しい〜!」と豪語し、 「これなら辛くないから食べてごらん」と私に取り分けてくれた。 私も食べてみる。 おおー、酸味が効いていてさっぱり味だ! 細麺ながら非常に弾力があり、歯ごたえも充分だ。 氷はただの水を凍らせたものではなく、ちゃんとスープを凍らせたものらしく、 時間が経っても味が薄まる心配もない。 これは酸っぱい物が好きな人には堪らないだろう。 こうして初めての韓国料理を堪能した私達は、これ以降も度々この国を訪れるようになった。 十数年後……… 私は縁(えん)あってソウルの大学に通っていた。 在学中、私に会いに韓国までやって来た 両親が不意に「あの店はまだあるのか?」と聞いてきた。 「いやー、どうなんだろう……随分前だからね。一応調べてみるけど……」 そう、この国は店が軒並み開店しては閉店してしまう。 数ヶ月前に大繁盛していた店が、一年と 経たないうちに別の店へと変わっているなんて事もざらにあるのだ。 果たして、あの店は今もあの場所にあるのだろうか? 可能性は低い気がするが…… すると、移転して今は別の場所で営業している事が分かった。 まさか未だにあるなんて…… この国においてあの店はもう老舗中の老舗だ。 私はこの事を両親に伝えた。 「せっかく来たんだし、久々に行ってみる?道案内なら私に任せてよ。」 こうして私達はあの店の現在の味を確かめに行った。 ーENDー
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