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 そうしてその晩はバロンから素敵でおいしいささやかな晩餐会をひらいてもらい、ミニョンはお腹いっぱいご馳走を食べました。  お腹いっぱいになったあとはふかふかのベッドをよういされていて、そこで眠ることになりました。  窓際からサリュ、ミニョン、ソルシエールの順で並んで眠っていましたが、真夜中、お月様が空のてっぺんに来る頃ミニョンはふと目が覚めたのです。小さな声で誰かが読んだ気がしたからです。  寝ぼけた目を開けて声のした方に向くと、旅支度をしたサリュがミニョンのベッドの脇に立っていました。 「……サリュ?」  サリュは月の光に縁どられていて、銀色の髪は透けるようにきらきらしています。なんてきれいなんだろう、とミニョンが思いながらサリュを見つめていると、サリュはこう言いました。 「ミニョン、師匠の下もとでしっかり修行をして、偉大な魔法使いになるんだぞ」 「サリュは、どこ行くの?」 「俺はまたお前のように困っている人が森の中にいないか、いたら助けたりしながら捜しながら旅をしていくよ」 「それって、もうおわかれってことなの?」  ミニョンが訊ねると、サリュは困ったように、どこか泣き出しそうな顔をして微笑んで、「そうだな」と言いました。  ミニョンはサリュの言葉にひどく悲しくなりました。サリュがソルシエールの弟子だったとわかったし、仲も良さそうだと思ったのでこのまま一緒に家まで帰るのだと思っていたのです。そして出来ることなら、ずっと一緒にいられるんだろうとも思っていました。  それなのに――あまりに悲しいことを言うので、ミニョンは慌てて飛び起きてサリュに抱き着いて言いました。 「いやだ! そんなのいやだ! だったらボクもいっしょにいく!」 「ダメだ。師匠も言っていただろう、ミニョンには偉大なる魔法使いになる条件が揃っているんだ。俺なんかについて来たってなにもいいことはない」 「あるもん! サリュと一緒にいられる!」  緑の目から大粒の涙を流しながらそう叫ぶように言うミニョンに、サリュは戸惑いを隠せません。こんな小さな子どもからそんな言葉を聞くとは思ってもいなかったのです。 「ミニョン、お前それがどういう意味かわかっているのか? 俺なんかと一緒にいていいわけがないだろう」 「サリュはボクといっしょにいるのいや?」 「そういうことを言ってるんじゃない……」 「じゃあ、なに?」  潤んだ曇りのない緑の目が真っすぐにサリュを見つめます。ミニョンはサリュが自分を置いて去っていくなんてカケラも思っていません。何せ、ミニョンは世の中や人を疑うことを知りませんから。  サリュがミニョンといることがイヤじゃないらしいとわかったので、ミニョンは更にこう言葉を続けます。 「あのね、ボク、サリュにあたまなでなでされたり、やくそうのことほめられたりするの、すごくうれしいの。うれしくて、むずむずして、ドキドキするの。それでね、もっとしてもらいたなあって思うの。あとね、あと、サリュがボクのこといっしょうけんめいたすけてくれたこと、すごくすごーくうれしかったの。うれしい、じゃたりないくらいうれしかったの」  サリュに言葉を伝えれば伝えるほど、ミニョンの目からは涙があふれ、胸がチクチクします。ドキドキもどんどん大きくなってくる気がします。もしかしたら心臓が口から飛び出すんじゃないだろうか……そんなこと思ってしまうほどに。 「サリュ、ボク、サリュともっといっしょにいたい。いっしょにいて、いろいろなことしたい。だから、ボクをおいていかないで……」 「ミニョン……」 「――ボク、サリュがお師匠様のケーキよりもだいすきなの。お師匠様のケーキいっしょにたべたくなるくらいすきなの」  ミニョンのサリュの服をつかむ手は震えていました。震える拳の上にはあとからあとから涙がこぼれ落ちていきます。  その一つを、サリュは指先でそっと掬い取ってこう言いました。 「――俺も、同じことを思っていたよ、ミニョン」 「え……」 「俺も、ミニョンが好きだ。ずっとそばにいて、守っていきたいくらいに」  涙を拭っていた指先がするりと滑ってミニョンの背を抱き寄せます。サリュの腕の中に納まった小さな魔法使いは、告げられた言葉の意味を理解し始めてかわいい長い耳の端まで赤く染まっていきます。 「じゃあ、ずっと、いっしょにいてくれる?」 「ああ。師匠が良いと言ってくださったならだが――」 「――だから、いいと言っているじゃないか、ずっと」  ふたり抱き合っている背後から不意に聞こえたもう一つの声に、サリュもミニョンも飛び上がらんばかりに驚きました。その姿を見て、声の主であるソルシエールはおかしそうにくすくすと笑っています。 「さっきも言っただろう? ミニョンがサリュと出会えてよかった、と」 「それは、護衛としてでは……」 「もちろんそれもある。しかし護衛であるよりも生涯の伴侶として良き出会いをしたんだろうなと私は思ったんだよ」 「師匠……」  難しい言葉でやり取りをしているサリュとソルシエールのことを見つめていたミニョンに、ソルシエールはやさしく微笑んでこう言いました。 「ミニョン、いまはお前は修行の身だ。だが、やがて大きくなって私よりも偉大なる魔法使いになったなら、彼と好きなところで暮らしなさい」 「すきなところ……サリュと?」 「もちろん。ふたりで仲良く、好きなところで暮らしなさい。ただし、修行を終えてからね」  片目をつぶってソルシエールがそう言うと、ミニョンは言葉にならない歓声を上げてサリュを更に抱きしめました。 「サリュ! ボク、しゅぎょうがんばっていだいなる魔法使いになる! そしたら、ボクとけっこんして!」  ミニョンの言葉にサリュは驚きを隠せない様子でソルシエールの方を伺いましたが、ソルシエールがニコニコとしてうなずいているので、サリュは安堵したように微笑んでこう返しました。 「もちろんだ、ミニョン。共に暮らそう」  こうして生涯を約束したふたりは触れ合ってついばむようなキスをして誓ったのでした。
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