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ミニョンがソルシエールのもとにやってくる十数年ほど前、サリュはソルシエールに弟子入りしていました。
偉大なる魔法使いであるソルシエールにはサリュの前にも何人か弟子がいて、その多くがマギーの各地で活躍している魔法使いでした。
サリュもミニョン同様親のない子どもだったので、一人で生きていくために魔法使いのもとで修行する道を選んだのです。
「サリュはそりゃあ、見込みのある魔法使い見習だった。呪文は一度教えればすぐに覚えたし、覚えた魔法を悪いことに使うこともない。私の手伝いもよくしてくれたね」
「……そうでしたっけ」
ソルシエールの言葉にサリュは恥ずかしそうに苦笑していましたが、ソルシエールは懐かしそうに微笑んでうなずきます。
ミニョンはその2人の様子を見ていて、なんだかお腹の辺りがそわそわしました。
2人だけが知っている思い出話をして懐かしがっている様子が、まるで自分だけ仲間外れにされているような、なんだかおもしろくないのです。
ソルシエールもサリュも意地悪な人でないことは知っているのに……どうしてそんなことを思ってしまうのか、ミニョンは自分でも不思議でした。
「ただ、どうしてだか薬草を覚えるのは苦手だったね。毒のある物とない物の区別はついても、効用までは覚えられなかったな、サリュ」
「ええ、そうでしたね……だから、ミニョンが道々の草花に詳しいのには驚きました」
思いがけず名前を、それもサリュから誉めるような言葉と一緒に言われて白いうさぎ耳の端っこまで赤くなってしまいました。驚いたこともありますが、それ以上に褒められたことが嬉しかったのです。
その様子を見たサリュが、「ミニョン? 熱でもあるのか?」と言ったのに対し、ソルシエールは大きな声をあげて笑いました。
「おやおや、ミニョンは随分とこのお使いで“成長”したようだね。良き者と巡り会えたんだね、ふたりとも」
嬉しそうでありながらどこかミニョンはもちろんサリュまでもからかうように言うソルシエールの言葉に、サリュはきょとんとしています。その様子にもまたソルシエールは、「いやはや、ミニョン、これはなかなか大変だぞ」と大笑いしています。
大変なことはもう終わったんじゃないんですか? と言いたげにミニョンが首を傾げていると、ようやく事態を飲み込めたのか、サリュが耳の端まで顔を赤く締めて俯きました。
「……師匠、俺は別に、そういうつもりは……」
「いいんだいいんだ。弟子がかわいいからと言って恋路まで邪魔をする気はないよ、私は」
「師匠!」
どんなことがあっても慌てふためいたりしなかったサリュがいままでと違う様子を見せているのにミニョンは驚き、そしてまた違ったドキドキを感じるのでした。
そのドキドキが、いまソルシエールが言った“こいじ”とやらに関係あるのかは、わかりませんでしたが。
話を戻して、サリュがソルシエールのもとにいた頃の話です。
順調に魔法使いとしての腕を磨いていたサリュでしたが、ある日、ソルシエールから一つのお使い――試練を言い渡されます。
「“東の谷に眠る竜の巣の中に咲くすみれを摘んでおいで”と、言ったんだよ」
「りゅうのすのすみれ?」
「そう。竜の巣に咲くすみれの効用は知っているかな、ミニョン」
「ええーっと……しんぞうのいたみをとってくれたり、見えなくなった目が見えるようになったりします」
その通りだ、とソルシエールがうなずき、話は続きます。
つまり、万病に効くと言われている薬草をサリュに採って来るように命じたのです。
竜の巣に行くということは東の谷に辿り着くまでの困難にも立ち向かわなくてはいけませんし、場合によっては竜とも対峙しなくてはなりません。
勇者や剣士が竜と対峙するのは良く聞きますが、魔法使いだってそうすることもあるのです。そして魔法使いの武器は魔法、それも攻撃魔法です。
「サリュは優れた攻撃魔法がつかえたので、私は油断していたのです……まさか、彼が竜に魔法を吸い取られてしまうなんてないだろう、と」
マギーの東の谷に住む竜はなんでも吸い込んでしまうという言い伝えがありました。人も物も剣も馬も、なんでも。でもまさかその中に、魔法使いが放つ攻撃魔法が含まれているなんてソルシエールでさえ知らなかったのです。
「……それで、サリュはどうなったの?」
竜の巣のすみれを採りに向かったサリュは、どうにか東の谷間で辿り着いたのですが――
「竜に放った攻撃魔法ごと俺の魔法は飲み込まれてしまったんだ」
「そしたら、どうなるの?」
「ただの人間になる。魔法なんて何も使えない、武器も何もない生身の人間になってしまう」
生身の人間、の意味はミニョンにはピンときませんでしたが、それが武器のない人間であることはわかりましたから、どれだけサリュが恐ろしい状態になっていたかは察することができたのです。
「だから、俺の髪はこんな色なんだ」
「そうなの?」
「魔法を取られる前は、俺もミニョンのような金の髪をしていたんだがな……それさえも吸い込まれてしまった。竜はそれも気に入ってしまったんだろう」
そう言って自分の前髪を摘まんで見せるサリュの姿に、ミニョンは胸がキリキリと痛みました。サリュ自身は平気そうな顔をしていますが、それが余計にミニョンにはつらく我慢しているように見えたのです。
竜の巣からどうにか命からがらサリュはソルシエールのもとに帰り着きましたが、もはや魔法使いの弟子としては何もできなくなっていました。
魔法が使えない弟子は弟子としての意味がありませんから、そのままめしつかいになるか、出て行って他の仕事を捜すしかありません。
サリュは、ソルシエールの許を去って狩人になる決意をしたのです。
「私は、召使なんてしなくていいから残っていたらどうかとは言ったんだがね……あれだけの魔法と仕えたサリュにしてみれば、二度と使えない魔法を目の当たりにし続けるのは酷なことではあったな」
サリュの話が終わってから、ソルシエールがぽつりと言いました。その目は寂しそうな悲しそうな深い紫色をしています。
「でも、もしお前が狩人になっていなかったら、いまこうしてミニョンとお茶を楽しめてはいなかっただろうな。感謝しているよ、サリュ」
「いえ、俺はただ不届き者の狼を追いかけていただけですから」
「そしてミニョン、よくサリュと巡り会ったね。良き出会いを引き寄せるのもいい魔法使いになる条件の一つだよ」
ソルシエールがやさしくミニョンに微笑みかけると、ミニョンはシャキッと背筋を伸ばして大きくうなずきました。
「はい! だってボクもう7つですから!」
ミニョンの大きな声にソルシエールもサリュも目を丸くして驚き、そして大笑いをしてしまいました。
小さな偉大なる魔法使いは大笑いする二人の姿にきょとんとしていましたが、やがて自分もおかしくなって声をあげて笑い出しました。
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