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 ミニョンがお使いに出てから、その周りを森の小さな動物たちがついて回っています。  いまは狩人のサリュが隣にいるので触れられるほど近くにはいませんが、気配と姿を感じられるほど近くにいるようです。  動物に限らず蝶などもミニョンの傍を飛び回り、時折話しかけるようにミニョンの頬や指先に停まったりするのです。 「ふふふ、ちょうちょさん、くすぐったいよ」  まるでミニョンが可憐に咲く花のように周りを飛び回る蝶の様子と、それと戯れるミニョンの姿はまるで一枚の絵画のようです。  ミニョンがついっと人さし指を差し出すと、その先に蝶が停まります。止まった蝶をそっとそのまま傍に寄せ、ミニョンは口付けることもできるのです。  ふぅっと息を吹き替えると蝶はゆるゆると飛んでいき、そしてまた別の蝶が指先に停まります。 「ミニョンは蝶にずいぶん好かれるんだな」  歩きながら蝶と戯れているミニョンに、サリュがぽつりと声をかけました。声はいつものように淡々としていましたが、怒っても呆れてもいないようではあります。  しかしミニョンは自分が無意識にいつも家の周りでしているひとり遊びの様子を見られたような気がして恥ずかしくなりました。  それまで指先に止めたりしていた蝶をパッと追い払い、ミニョンは恥ずかしそうにうつむきます。 「どうした?」 「……べつに、ちょうちょさんにすかれてなんか……」 「蝶だけでなく、リスや野ネズミにも好かれているみたいだな」 「……そんなことないもん」  感心している様子のサリュに対し、ミニョンは顔を真っ赤にして首を横に振って否定します。ただ単に恥ずかしいから、というには少々頑なな様子です。  はて、どうしたんだろうか? サリュがそう思いながらうつむいて立ち止まるミニョンのもとに歩み寄って膝をつき、顔を覗き込むと、その顔は赤くなって複雑な感情をにじませていました。 「小さな生き物に好かれることは悪いことではないだろう、ミニョン」 「……でも、みんなボクが魔法使いだけど魔法がつかえないからどうぶつたちがこわがらないんだっていう」  魔法使いとは良くも悪くも独特の雰囲気をまとっている物です。時にそれはおどろおどろしくもあり、他の生き物を寄せ付けない強さもあると言います。  他を寄せ付けないということは、それだけ強い魔法が使える証しだと考える人も多いのはこういうワケなのでしょう。  加えてミニョンはまだほとんどの魔法を使うことができません。それはつまり魔法使いとしての迫力に欠けているということに解釈されているようで、自然と小動物や虫たちに寄ってこられるミニョンをからかう口実にされているのです。 「それにね、みんなはボクが拾われっ子だからリスとか虫にとかにしか好かれないんだっていうの」  その上、ミニョンはソルシエールの弟子をしている都合で周囲の同じ年頃の子ども達と関わる機会が少ないせいもあって余計にその特異な体質をからかわれていて、生い立ちと結び付けて何かと心無い言葉を投げられているのです。  それでもミニョンは寄ってくる動物や虫たちを追い払って乱暴に扱うことはしません。彼らに罪がないことをわかっているからです。だからこそ、動物たちもミニョンを慕うのでしょう。  サリュほどの大人であればそういう解釈をできるのでしょうが、幼い子どもには難しいものです。とりわけ、自分達とは少しでも違う存在を異端視するのが子どもというもの。その残酷な警戒心があるからこそ、怪しいあの狼のようなものを避けようとするのでしょう。  人や世の中を疑うことを知らないミニョンだからこそ動物や虫に好かれるのだとしても、それ故に同じ子ども達に奇異な目で見られているのでは何の慰めにもならないのです。  こんなに詳細とまではいきませんが、ミニョンが置かれている状況を大まかに察したサリュは、うつむきミニョンの頭を撫でてやりながらこう言いました。 「ミニョン、お前がリスや野ネズミ野鳥に好かれるのは、お前がいい子だからだ。動物や虫にもわかるぐらいにいい子だから、みんな寄ってくるんだ」 「……拾われっ子でも?」 「拾われっ子であろうとなかろうと、ミニョンがいい子であることに変わりはない。ほら見ろ、さっきからお前がしょんぼりしているから蝶たちが心配して見に来てるぞ」  サリュがそう言って周囲を見渡すのに習うようにミニョンが顔をあげると、数えきれないほどの蝶が二人の周りを飛び回っていました。  まるでフラウの魔法で幾千もの花を咲かせて撒いたような光景にミニョンはたちまち顔を輝かせます。 「わぁ……! これ、みんなボクのために来てくれたの?」 「そうだと思う。樹々のところも見てみろ。リスや野ネズミがこちらを窺っているぞ」  サリュが指す方に目をやると、確かに何匹ものリスや野ネズミ、そのまた向こうには小鹿などがこちらを窺っているのが見えます。みな一様にミニョンの方を見ているのです。 「こんなにたくさんの生き物の注意をいっぺんに惹くことは、たとえお前の師匠であっても難しいだろうな」 「お師匠様でも……?」  サリュの言葉にミニョンがぽかんとして呟くと、サリュは立ち上がりながらうなずき、そしてまたミニョンの頭を撫でてくれながら言いました。 「そうだ。だからミニョンは絶対にソルシエールのような……いや、それ以上の魔法使いになれる。いまはまだ知らないだけで、大きくなればきっとなれる」  ミニョンにそう力強く言ってくれたサリュがやさしく微笑んだ時、ミニョンはこれまでに時折感じていたむずむずする気持ちが一気に膨れ上がっていくのを感じました。ソルシエールが魔法で大きなシャボン玉を作ってくれた時のそれのように、気持ちはどんどん膨らんでむずむずから段々とドキドキするものへと変わっていくのです。  それはミニョンの小さな胸の奥いっぱいに膨らんでいるようにも感じられ、慌てて胸を抑えましたが、そこはいつものように平らなままです。  ほんの少しだけ胸のドキドキをはっきりと感じながら、ミニョンはサリュの方を向いてにっこりと笑いました。 「ありがと、サリュ。ボク、がんばってお師匠様みたいな魔法使いになる!」  樹々の木漏れ日とはためく蝶の中で微笑む姿もまた何よりも美しい絵画のようで、サリュは思わず目を見張ってしまうほどのでした。  純真で無垢なミニョンの笑顔は森の中できらきらと輝き、蝶の羽の色よりも鮮やかに色づいて見えました。 「さあ、それじゃあ偉大なる魔法使いの第一歩としてこのお使いを成功させないとな」  気を取り直してサリュが言うと、ミニョンは大きくうなずき、そしてまたサリュと並んで歩き始めたのです。  ほんの少し前にわずかに漂っていたぎこちなさはもう既になく、ミニョンは足取りも軽く唄いながら森の中を進んでいきます。  弾むように進んでいくミニョンの姿を、サリュは眩しいものを見つめるように見守っていました。 「タップタップ、スキップスキップ、ホップホップ、ジャーンプ!」  ミニョンが得意そうに大きな声で唄いながら歩いて行く姿を、サリュだけでない視線が舐めるように追っているのを、ミニョンもサリュも気付いていませんでした。  二人から幾分離れた茂みの中からその視線は向けられていて、茂みの中でそれは息をひそめながらもこう呟くのです。 「ああ、やっぱりかわいいなぁ、あの子うさぎちゃん……くそ、あの狩人め、邪魔で鬱陶しいったらありゃしない!」  忌々し気にサリュの方をにらみ付けるこげ茶色の目は、それでも跳ねまわっているミニョンへと引き寄せられるのです。 「はぁ、かわいいかわいい……いますぐ食べてしまいたい……」  そう言いながらこげ茶の目のそれ――あの狼の半獣人ソルダは、いまにもよだれを滴らせんばかりに顔をとろかせながらミニョンを見つめています。  ソルダの頭の中はミニョンのような幼い、それも男の子のことばかりなので、全く近づかせてくれないサリュが憎くて仕方ありません。  どうにかして二人を引き離せないものか……ソルダは茂みの中で頭を抱えながら考えます。  そうして、ひとつの妙案が浮かんだのです。 「――ようし、これでいこう。待っててねぇ、子うさぎちゃん」  投げキッスをするような仕草をしてソルダは呟き、妙案のために茂みからそっと出て森の中へと消えていきました。
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