昇天夢への階段

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十一月の暮、また嫌な月末がやってきた。来月の三日の支給日までひもじい思いをして生活しなければならない。」  冷蔵庫には栃木の先輩が送ってくれた柿と梨があるぐらいで、自分で買ったものといえば味噌と豆腐、後、何個かの卵があるだけだ。  生活保護を受給して一年になろうとしている。以前にも受給してたが、すぐにクスリに手を出して捕まってしまうため、刑務所暮らしを余儀なくされる。今回はまあ持っているほうだ。覚せい剤の依存が成りをひそめているため、その分、博打に走ってしまう。博打といってもスロット専門である。今は五円スロットといって安いお金で遊ぶことができるため、受給日ともなれば幾ばくかの金を握りしめ、パチンコ店へと足を向ける。  いつも行くパチンコ店で、沼田誠一と会ってしまった。沼田には更生保護施設に収容されてる際、大変お世話になった。協力雇用主として、一日九千円の日当をもらい土方作業に従事してたのだ。  仮釈放の期間、保護会では働くことを要請される。その親方が沼田である。歳は私より二つ下の四十八でなかなかのやり手である。少し小柄であるが髪に白いところもなく若々しく見え、精悍な顔つきをしている。 「岸田さん、玉はあるのかい、来月三日まではまだ一週間あるよ」玉とは銭の事である。 「米だけはあるので、なんとか食べる事だけはできています」これは本当だった。栃木にいる先輩の実家が農家をしてるため米はいつも送ってくれていた。他にも餃子やイチゴ。つい先日は梨と柿を送ってくれた。そのおかげもあって、食糧難からは何とか逃れられていた。 「少し、手伝ってくれんかな、人手が足りなくて困ってるんだ」 「今日、負けたら考えてみます」そうはいってみたものの働く気なんて、さらさらなかった。現場に出ると肉体的にも精神的にもストレスがたまる。五十を過ぎるとそれは過酷といっても過言ではなかった。  沼田は人夫さえ送ってしまえば後は悠々自適である。一日、一万五千円の単価で仕事を請け負い、人夫には九千円払えばいいだけだから、坊主丸儲けである。  保護会に収容されているときは強制的に働かされた。生活保護の受給が決定してからは、働くことを一切やめてしまった。何の夢もなくまた目的もなく、ただ何となく過ごしている毎日だった。スロット依存症という病を抱えながら。  月末が近づいている。毎月のことながら銭がない。金がないのにパチンコ店へとは自然と足が向いてしまう。金がなければないで食費を切り詰めればいいだけだ。ここまでギャンブルにどっぷりとつかっていると、そうやすやすと抜け出すことはできない。  クスリを使いたいという願望は失せていた。周りにそうした友人がいないせいであろうとも思う。そもそも広島に居を定めたのは、高松刑務所に服役しているころ、身元の引き受けをしてくれる保護会が広島しかなかったのである。全国あちこちの保護会に申し込んだが、全て蹴られた。でも、今は満足している。薬物交友者がいない分、同じ過ちを犯す可能性が低いことが理由であった。その反動のせいか、今は安いお金で遊べるスロットにはまっている。安いといっても一万円なんて金はすぐになくなってしまう。負ければ負けたで生活を切り詰めなければならない。そもそも保護費をもらってる分際でギャンブルなんかに手を出すのが間違いなのだ。わかってはいるものの、やめることができない。刑務所の中では断酒教育や覚醒剤依存離脱教育、他にも性犯罪を犯した者への性教育、暴力団離脱支援などがあるが、ことギャンブル依存症においてそういった教育は聞いたためしがない。  私は保護会に収容されている頃、それは日曜日であったが、パチンコ店で沼田と出くわしたことがあった。土方作業に従事してた頃の話だ。その日は負けが込んでいて金が一銭もなくなってしまった。保護会で生活していたので、食費の心配などしなくてもよかった。逆にそれがいけなかったのかもしれない。働いていたこともあり、沼田に金の無心をしたのだ。要は前借である。給料は日払いでもらっていたので、次の日にでも返せばいいやと軽く考えていたが、沼田の考えは違った。貸すには貸してもいいが、ひと月に、一割五分の金利を取るという。いつ返そうが、期日を守ってくれたら何の問題もないというが、一応私は従業員である。その話を聞いても、私にはプライドがないのか、頭の中ではおかしいと思いはするものの、すぐさまその話に飛びついた。当時、打ってた台が天井ゲーム数まであと少しのところだったので、その台を失いたくなかったのだ。そんな思いがあったので、「負けたら考えます」とは言ったものの沼田に借りる気など、鼻からなかった。  その日は結局、負けて帰ることになったが、沼田に挨拶も交わすことなく店を後にした。  わたしは覚せい剤依存と診断され保護費を受給していたが、まさにその通りだと思う。覚せい剤を使用してないから、パチスロなどといった勝率の悪いギャンブルにうつつを抜かしている。そして負けたその日は酷い鬱状態になるのだ。覚せい剤を使用したところで同じことだと思う。摂取したときはたとえようのない高揚感に身が包まれるが、その効能が切れると酷い鬱状態となる。それは覚せい剤を使用してない今でも変わらない。スロットをしてなくても気分の浮き沈みが激しく、何事も前向きにとらえることができない。何か夢中になれることを探したいとは思ってはいるものの、私を夢中にさせてくれるものはなかった。  週に二度、火曜日と金曜日にカウンセリングをわたしは受けていた。カウンセラーは私よりも四歳年上の先生で村上義人といった。その先生の勧めもあって、市内で行われる俳句クラブにも月二回、参加させてもらっていたが、楽しくはあるものの、のめりこむほどのものではなかった。なんだかんだ言ってスロットから足を洗うことができなかったのだ。他にもギャンブルでいえば麻雀も打てるには打てたが、懐が寂しいのでなんだか心もとない。買い物に行こうが、俳句クラブにでも行く途中、パチンコ店を目にすると、必ず立ち止まってしまう。と、いうより店の門をくぐってしまう。  パチンコ屋の仕組みや金の流れ、大当たりの仕組みなどわかっているのに、やめることができない。一言でいえば馬鹿なのだ。それとも私は何もかもがわかっているつもりなだけなのか。キャッシャーに次から次へと千円札を放り込んでゆく。一万円札も入れることができるがあえて千円札に両替して。自分の中ではここから先は使うのをやめようと思っているため、あえて千円札に両替してリールを回すのだが、何の意味もなかったことに後で気づく。結句、両替した千円札は皆なくなってしまうのだから。  村上先生には何度も相談をした。 「先生、わたしは自分をおさえることができないのです」 「あせることはないですよ」先生はいつも聞き役に回ってくれる。 「薬物が欲しいという要求はなくなりましたが、パチスロだけはやめられません」 「やめなくてもいいんじゃないですか」薬物でなくスロットの事だ。 「わたしはやめたいのです。生活をひっ迫するだけだし」本音だった。 「なら、遊び程度にしたらどうですか」 「それがうまいこといかないのです」 「旅をしてみるのもいいですよ」 「良い俳句が作れればいいのですが」なんか話が別の方向にずれてる。 「いきなりやめようとするのは難しいですよ」 「先生、助けてください。この先、不安で不安で仕方ないのです」  村上先生は私に働けとは間違っても言わない。まずは覚せい剤の依存から立ち直るほうが先だという。わたしが薬物はもう大丈夫だという言葉がまだ信じてもらえてないようだ。カウンセラーとはなかなかな大変な仕事のようで、私みたいな患者を何人も抱えているみたいだ。私は特にわがままだったと思う。覚せい剤は大丈夫なんてセリフ、普通だったらいえるわけない。  先生はストレスがたまるのなら仕事はしないほうがいいと、言ってくれた。その言葉に甘えてわたしは本当に何もせず無為に生きている。病院ではうつ病と診断された。その診断書のおかげで、わたしは働くことなく、生活保護費の受給だけで何とかやりくりして、ご飯を食べてる。贅沢さえしなければ保護費だけで何とか生活はできる。それに私は精神障害二級なので月に普通の保護受給者より割高の九万円を受給しているのだ。  広島はとっても住みやすい街だと思う。今まではポン中が必ずといっていいほどいて、やめる意志はあったものの、覚せい剤から手を洗うことができなかった。広島に限ってはそれがない。その代わり友達もいない。寂しさを感じることもあるが、再度、覚せい剤に手を出し刑務所で生活しなければと考えると、物は考えようだ。でも、今の生活から脱却したい。このまま彼女もできず一生を終えてしまうかと思うとやり切れない。  私に何かできることはないだろうか? いつもながら決まって思うことだ。  十二月の三日になった。保護費が受給され、幾ばくかの金を、ゆうちょ銀行からおろし、本通りにあるパチンコ屋へと足を向ける。受給日にパチンコ屋へと足が向かうのは必然だ。どの店に行こうかと悩む。今日は“大洋”に行くことにした。早速、五円スロットの適当な台に座る。キャッシャーに千円札を一枚入れると、二百枚のメダルが流れ出てくる。今日は幸先がいいのか、一ゲーム目でレア役を引き、そこから十ゲームもしないうちに大当たりを引いた。ビッグボーナスである。次から次へとメダルが出てきて、機内にあるホッパーが空になり、呼び出しボタンで店員を呼ぶ。黒髪のポニーテールを揺らして女の子がやって来る。 メダルを補給してくれた。この子がかわいい。背は大きくなく小柄で顔も小さく、鼻がツンと上を向いてるが愛そうがいい。またその子にあっていてシトラス系の香水をつけているのか、男心をくすぐる。こんな子いたっけ?  パチスロどころではなくなってしまった。薄紫の制服には胸元に水田とフレームがある。  目はパチスロの盤面を見ながらも、その子の事ばかり気になっていた。  その日の私は本当に調子がよく、二回目のメダルの補給の際、その子に思い切って声をかけてみた。 「ありがとう」ただその一言だけである。 「いえ、仕事ですから、でも、おめでとうございます」返事はそっけないものだったが、言葉を返してくれたことがうれしかった。  今日はいつもより気合が入った。メダルがなくなればまたあの子が来てくれる。  補給を終えてもわたしの打ってる台は連ちゃんがとまらなかった。三度目の補給。  ポニーテールが揺れるたびにシトラスの香りが私を刺激する。 「絶好調ですね」女の子のほうから声をかけてきてくれた 「水田っていうんだね」少し図々しかとも思ったが話しかけてみた。 「水田あかねっていいます」名前まで教えてくれた。わたしは天にも昇る気持ちになった。 「今日は、あかねちゃんが運を運んでくれた」どんどん図々しくなっていく。 「そんなことないですよ、負ける日のほうが多いんですから」そんな現実的な答えを聞いて、わたしは自分の置かれている現実に引き戻された。  わたしは生活保護を受給している社会不適格者だ。それだというのに恋心に似たような感情を抱いてしまっている。許されていいわけがない。許されたとしてもわたしの実態を知ったらあかねちゃんは私の事をどう思うのであろうか?                      *  先生には何でも素直に話せる。 「先生、わたし、歳柄にもなく恋をしてしまったみたいなんです」 「相手の女性は岸田さんの思いを知っているんですか」 「話していません。私がこんな状態では、話せるわけでもないし」 「人を好きになることはとてもいいことだと思いますよ」 「わたしはこんなことしてて本当にいいにかな」 「こんなことというのは」 「働きもせず国の税金で暮らして、働こうともしない。そのくせ、一人前を気取って恋なんかして」 「答えに困りますね」 「あかねちゃんのためだったら、働けそうな気がするんだ」 「その気持ちは大切なことです」先生は私の気持ちや意見を決して否定しないが、ありきたりな事しか言わない。 「わたしは自分の過去を話す勇気がありません。今の現状だってそうです」日中はスロットを打ち、家に帰ってくればユーチューブで面白くも何ともない動画を見てる毎日。俳句クラブには通っているものの、あくまで趣味というより先生の勧めがあったから参加しているようなものだ。  自分がどれぐらいの病状なのかもまるで分っていない。  先生とのカウンセリングが終わったら、沼田に電話をかけてみようと思った。仕事は忙しいと聞いていたので雇ってもらおうと思ったのだ。それほどまでにわたしの心は動いていた。  先生とのカウンセリングを終えて、結局沼田には電話をしなかった。みのる恋かどうかもまだわかりもしないのだ。  翌日、朝一番に大洋に行った。あかねちゃんはいた。いつもと変わらず可愛かった。だが、いかんせんわたしの調子が悪い。話したくてもきっかけがつかめない。それでもその時が来た。ホッパーにメダルがたまりすぎてエラーを起こしたのだ。一万円もすでに負けているというのに私は喜び勇み、呼び出しボタンを押した。すぐさま店員は来た。あかねちゃんではなく男の店員がきたのだ。  負けているときはいつもきまってそうだ。空回りしてしまう。なんでこんな時に限って男の店員なんだ。それにこの店員、もう季節は冬だというのにものすごい腋臭である。シトラスの香りのあかねちゃんを呼んでくれなんて事は言えず、その店員がホッパーのエラーを直していった。  その後いくらか取り戻し、あかねちゃんがカウンターにいることを見て、すぐさま私は換金することにした。 「今日はあまり調子よくなかったみたいですね」あかねちゃんが声をかけてくれた。ウオー! この時を私は待っていたのだ。勝ち負けなんてどうでもよい。 「今日は、五千円ぐらい負けたかな、あかねちゃんはスロットとかやらないの」 「わたし、博打というか、賭け事嫌いなんです」 「何か趣味とかあるの」どこまでも図々しく聞く。 「読書とか映画を観るのも好きかも」 「最近ので何かおすすめの映画ある」 「舟を編むかな、書籍で読んだんだけど、映画で見ても面白かった」 「俺も今日、さっそく観てみるよ」 「ちなみに名前、なんていうんですか」あかねちゃんが私の名前を聞いてくれている。昇天とはこのような気持ちを言うのであろう。 「おれ、きしだ、きしだよういちってんだ。これからもよろしくね」 「よういちさんね。ちなみに私はギャンブルやる人NGだからね」えっこれって脈ありなの。ギャンブルさえ辞めたら交際を真剣に考えてくれるという事。そうだよねと私は自身に強い確信が持てた。  部屋に帰るなり映画を観れるアプリを探し、あかねちゃんのおすすめの舟を編むを視聴してみる。  はまってしまった。あまりに面白くて三度も見てしまった。そして今まで私は何をやっていたんだろうとつくづく考えさせられた。  大渡海という辞書を作る物語だった。半分は実話に面したものだったこともあり、非常に感動した。  主人公は営業部でうだつの上がらない日常を送っていたが、辞書編集部に異動し、目覚ましい活躍を見せる。最後は大渡海を完成させるのだ。ほかに出てくる脇役にしても年中、単語カードを持ち歩き、覚えた新しい言葉はすぐさまメモを取る。なんという情熱だろう。辞書一筋で三十八年間の生涯を閉じ大渡海の完成を見届けることができなかったが、遺書まで残しこれまでの取り組みや出会いが幸せだったと書き記してある。主人公は自分の寝泊まりする部屋のほかに、もう一部屋借りていて、その部屋は大家の許可を得て、書籍で全部埋まっている。大家の娘との出会いもあって結婚を果たす。この出会いは、わたしとあかねちゃんので出会いと一緒かもしれないと、勝手な妄想をめぐらす。映画で見ただけなのに、本など読んだことがなかった私は早速、舟を編むの書籍もネットで注文してすぐさま読了してしまった。本のほうが面白かったぐらいである  しばらくパチンコ屋へとは足が遠のいていた。それほど感銘を受け、同じ本を何度も繰り返し読みなおし感慨を深めていた。  あかねちゃんには会いたかった。恋心を柄にもなく抱いていたのであるから至極当然である。  それでも私はパチンコ店へと足を向けず、これからの事を真剣に考えていた。わたしにも辞書は作れなくてもほかにできることはないであろうかと。  俳句クラブには通っているもののまだそれほど夢中になれているわけではない。辞書は無理にしても小説ならどうだろう。小説なら書けるかもしれない。そんな思いがあった。  今までの屈折ばかりの人生を、何の夢も目的を持てない人生を言葉に書き換えることならできるかもしれない。そうだ作家になろう。売れる売れないは別にして、作家はじぶんが作家だといえばそれで通ずるらしいことは知っていた。  その日のカウンセリングで村上先生に私は作家になる覚悟を伝えた。 「俳句クラブはやめてしまうのですか」先生は悲しそうな顔をしてみせた。先生は俳句を愛しているのだ。 「俳句クラブをやめるつもりはありません」それは本当だった。これから文章で生計を立てていこうと決心をしたのだ、俳句は古語も使用する。多くの言葉を学ばなければならない。 「どんな心変わりがあったのですか」 「あかねちゃんが進めてくれた映画を観て、小説が書きたくなりました」 「前向きになることはいいことです。その後、あかねさんとは何か進展がありましたか」 「話はするようになったのだけど、ギャンブルをする人間は好きではないと」 「いっそのこと、スロットはやめて小説に打ち込んでみればどうですか? 時間だけはあるのですから」もちろんそのつもりだった。ただあかねちゃんになんていえばいいか? わたしの現状を話す勇気がない。それにパチンコ屋の外で私と会ってくれるだろうか? 普通の生活をしてないことは気づいているはずだ。年がら年中、昼間からパチンコ屋へと出入りしているのだから。 「印象は悪くなかったと思います。こんなこと自分で言うのも変だけど、脈はあると思いました」 「一歩前進ですね」 「一歩どころじゃありません。十歩もに十歩も前進した感じです」 「保護を受給していることはまだ話さないほうがいいのではありませんか」 「実を言うと舟を編むを観て、読んでからというもの、もう執筆活動に入っているのです」 「小説を書きはじめたということですか?」 「そうです。短編ではあるものの、毎日、パソコンと向き合って何かしら書いています」これは本当の事であった。私の日常ががらりと変わったのである。 「今度、機会があったら拝見させてください」 「それは喜んで、先生が一番初めの読者になってもらいたいのです」 「それは、ありがたき幸せですね。あかねさんの事、心から応援してますよ」  翌日、わたしは大洋に昼過ぎに行った。朝一番に行こうと思っていたのだが、パソコンをいじってる間、夢中になりすぎて夜中の三時過ぎまで執筆活動に夢中になってたせいだ。  あかねちゃんとは気軽に話ができた。 「随分と久しぶりですね」 「うん、あの映画とても面白かったよ。本もネットで注文して、もう二回読んだかな。映画は三回も見たよ」 「なんか、とてもうれしいんだけど」 「あかねちゃんには話してなかったけど実を言うと俺、作家なんだ」 「噓ばっかり、作家ならわたしの進めた映画、それは小説でもあるのだけど、知らないわけないわ」  噓をついたのは本当であるから仕方がない。舟を編むってそんなに有名だったのか。 「作家だというのは本当だよ」わたしは噓を貫き通そうとしたが、あかねちゃんは鋭い突込みを次から次へと入れてくる。 「舟を編むは本屋大賞に選ばれた作品だよ。それに岸田さんは、ほぼ毎日スロットを売ってるけどいつ小説書いてるの? それにこんなこと言うのは失礼だけど私はこう見えても読書家なのに、岸田洋一なんて小説家聞いたことないわ。ひょっとしてオカルトとか書いてるの」ここまで来たら噓を貫き通すしかない。 「小説を書いているのは事実だよ」わたしは淡々と言った。 「なら明日にでも持ってきて見せてよ」これには困った。小説を書き始めたのは本当だったが、まだ一作も完結していない。今書いている短編小説はあと少しのところまできていたが、まだまだ人に見せられた作品ではない。それに第一読者は村上先生と決めている。村上先生の反応を見て、その結果次第ではとは思うものの。私の場合、あかねちゃんが勧めてくれた映画をきっかけに書き始めただけに過ぎない。 「小説がと(・)ら(・)さ(・)ん(・)になってくれるなら喜んで」とらさんとは舟を編むの中で主人公とその奥さんを結びつけることになったきっかけの三毛猫だ。  あかねちゃんが店長らしき人に呼ばれた。長話しすぎたかなと、あかねちゃんが怒られるのではないかと思ったりしたが、ただ単にその日は土曜日で忙しかったから呼ばれただけだった。  明確な意思表示はした。今日はそれだけで十分だった。  その日は負けてしまったが、帰りにあかねちゃんに声をかけられた。 「また明日でも、詳しい話聞かせてよ」 「明日には校了させなければいけないから時間ができたら来るよ」わたしはもったいつけていった。一秒でもあかねちゃんと話がしたいくせして。                        *  毎週火曜日と金曜日が、カウンセリングの日であるが火曜日に至っては更生保護施設の中でおじいちゃんを相手に二時間ばかり、囲碁の相手をしていた。私の場合、懲役で覚えたへぼ碁である。  対戦相手のじいさまは御年八十四になる高齢な方で無期懲役囚である。腰が曲がっていて、杖をついて階段を上り下りしている。耳が遠く補聴器をつけていても耳の側で話さないと会話が成り立たないのに、囲碁をするときに限って面倒くさいのか補聴器を取り外してくる。話などしなくても囲碁はできるものというより会話を一切必要としない。それでもプロが打ってるわけではないので、意見や感想が聞きたい時がある。じいさまは真剣なまなざしで碁を打っているが、勝負が終わると相好を崩して笑う。実に愛嬌のある笑顔だ。ボランティアで相手をしていたのだが、勝ち負けにかかわらず、勝負を終えるとこっちのほうが癒される。  その日の勝率は一勝三敗だった。じいさまのほうが強いことは否めない。四十年も岡山刑務所に務めていたという事だから毎日、誰かしら相手に碁石を打っていたことと思う。私はというとやはり刑務所で覚えたものの、覚えてまだ一年半ぐらいだから、一勝でもできたらよしとした。  碁を終えて施設内の相談室へと足を向ける。  村上先生を前にして席に着くなり近況報告をした。本来は精神疾患を患い、いわゆるうつ病と呼ばれるための治療であったが、今現在は常にあかねちゃんの事を相談していた。 「あかねちゃんには作家だと報告を済ませてきました」 「ほんとうですか!」先生は甲高い驚いた声をあげた。 「今日はわたしの書いた短編小説を持ってきているんです」 「ほう、わたしに読ませたもらえるんですか」 「先生が第一人者といったじゃないですか」先生はロマンスグレーの髪をかき上げる。 「短編小説だからすぐに読み終えることができます。率直な感想が聞きたいのです」 「では、さっそく読ましてもらうとしましょう」先生は眼鏡をずり上げ絵あたしの小説に目を通し始めた。読了が終わったみたいなので「どうですか? 小説として成り立っていますか」 「とっても良いと思いますよ。あかねちゃんにも見せてあげたらどうですか」 「そうですね。先生の評価をいただいてやる気が出てきました」 「あかねちゃんには作家だと伝えたんでしょう。作家は自分が作家だと名乗った時から作家なんですよ。カウンセラーも一緒です。カウンセラーと名乗った時からカウンセラーなんです」先生はそうはいったものの、あかねちゃんに見せる気はまだなかった。どうせならハードカバーになった単行本として渡してあげたかった。 「先生は舟を編むを観たか読んだりしたことありますか」 「聞いたことはありますが、残念ながら忙しさにかまけて読んだことはありません」  私は本のあらすじや感動するシーンを語り始めた。馬締という主人公が古語でラブレターを書き、相手の女性、香具矢がその意味を分からず、勤めている店の板前のマスターに読んでもらいたい、それがラブレターらしきものであることを知ったこと。どうせならきちんと口で伝えてもらいたいと激怒した場面。あかねちゃんと私にはそうした場面が、訪れるであろうかとそうした相談も踏まえて、先生にはありのままを素直に話した。辞書を作るのに三十八年間をささげた外勤の講師。  わたしも舟を編むを視聴して、始めてやりたいことが分かったと、それは夢であり。夢を実現するにあたって、わたしは作家などと名乗ってしまったこと。どんな壁にぶち当たろうと、書き続けていればいつか陽の目を観るのではないかと希望的観測も含めて。  私はあかねちゃんに恋をしてたが、実のところ物語を書くという行為と私を結び付けてくれたのはあかねちゃんなのではないだろうかと。  実際の物語ではとらさんという三毛猫が、主人公である馬締とその恋人である香具矢をむすびつけてくれた。  わたしにとって、とらさんの役目をしてくれたのがあかねちゃんだ。ただ私はあかねちゃんに恋をしている。それは紛れもない事実であった。 「先生、今後どうあかねちゃんに接していいかわからないのです」 「作家であると断言してしまったのだから仕方ありませんが、搔き続けることが夢だと伝えてみてはどうですか」 「先生に診てもらった作品は見せたほうがいいですかね」 「はやる気持ちはわかりますが、本気で惚れてしまったのなら、小出しでいいので少しずつ現状を話してみたらどうです」 「生活保護受給者など誰も相手にしてくれませんよ」 「小説は働きながらでも書けます」 「私にできる仕事と言ったら肉体労働しかありません。もう五十になるのですよ。そんな仕事を終えて帰ってきたところで、執筆活動に専念出来ません」働こうと思ったことは何度でもある。月末になり、金欠状態になるといつもそうだ。ギャンブルから足を洗い書くことだけに専念できれば今の状況も変わるのではないのか? まだ一作を書き終えたばかりだ。私は私自身を信じられずにいたのも本当である。 「初めてやりたいことが見つかったのです。自分の可能性に賭けてみたいと思います」 「あかねちゃんという女の子とはことを慎重に進めることだと思いますよ」  わかりましたといってその日のカウンセリングを終えた。  先生に自分の書いた小説を読んでもらい、評価を得た私はその日も家に帰るなり、次の作品に取り掛かり始めた。これは大きな一歩だった。  部屋を暗くしてパソコンと向かい合う。なんだか本当に小説家になった気分だ。  翌日、あかねちゃんの勤める大洋には昼過ぎに行った。  平日は客の姿もまばらだ。 「おはよう」わたしは大きな声で言った。 「体と一緒で声も大きいのね、小説は持ってきてくれた」 「実はそのことで話があったんだ。聞いてくれるかい?」 「実は、噓だったんだなんて話は聞きたくないからね」 「小説を書いているのは本当だよ。書き始めたのはあかねちゃんのおかげなんだ」 「言ってる意味が分からないんだけど」 「あかねちゃんが勧めてくれた舟を編むが俺のなかに眠っていた創設活動を呼び起こしてくれたんだ」 「最近、書き始めたばかりなの」 「そうなんだ」あかねちゃんには本当のことを言っておいたほうがいいと思った。でも保護を受給していることは黙っていた。  舟を編むを読んで、著者である三浦しをんさんみたいな小説が書けたらいいなという思いは伝えた。 「でも、うれしかった。私が勧めた映画を観てくれて、それだけじゃなく本まで読んでくれて」あかねちゃんのその言葉を聞けただけで私は幸せだった。  あかねちゃんは仕事中だというのに舟を編むについて問わず語りに話し出した。主人公の馬締が自分の欠点を指摘され、それはコミュニケーション不足であるが、克服するために自ら歩き始める事。いつも辞書を片手に肌身離さず持ち歩き、貪欲なまでに知識を蓄えてく姿。手振り身振りでその感動シーンを私に伝えてくる。香具矢は香具矢で包丁を研いでいるときは何も考えることなく無心でいられる。わたしときたらどうであろう。スロットをほぼ毎日打ち、無為に時間を浪費している。スロットを打っているときは金の心配はあるものの、無心でいられた。雲泥の差である。だが今は違う。あかねちゃんと話をするようになり、舟を編むに出会うことができた。創作活動に精を出し、文化活動にも興味が持てるようになった。月に二回、俳句クラブにも通い、毎週、囲碁を打ちに施設にも通っている。スロットを打つ時間が無駄に思えてきたのだ。 「あかねちゃん!」少しだけ力を込めていった。「小説を書いているのは本当だけど、まだまだ人様に見せられるような物ではないんだ。物語を書いてみたいと思ったのは、あかねちゃんのおかげなんだ」 「辞書作りに没頭する馬締に魅せられて、創作活動に興味がわいてきたのね」 「そうなんだ。ありがとう、あかねちゃん」 「礼を言うなら成功して見せて。成功しなくても構わないから書き続けることをやめないで」 「わかった。約束するよ」私は言った「話しておきたいこともあるし、もしよかったら少し俺のために時間を取ってくれないかな」  あかねちゃんは少し考えるしぐさを見せ「かんがえておくわ」といった。  あかねちゃんには正直なことを話しておきたかった。物語を紡ぐことにとらわれてしまったのは事実だが、あかねちゃんに恋心を抱いてしまったのもまた事実であった。生活保護えを受給していることを話すべきかどうか葛藤はあったが、噓をつきとおすにはわたしの心に限界があった。いつかはばれてしまうものだ。だったら思い切ってすべてを話してしまったほうが、踏ん切りがつくし、執筆活動にも打ち込める。  俳句クラブではどうしても恋にかんする句を投稿することが多くなる。これはまさに私が恋をしているせいであろう。  愛しさや三色すみれの夕時雨  どう読んでもありきたりな句しか詠めなかった。  俳句クラブに参加しているのは高齢な女性ばかりであったが、男性は村上先生と私を含め三人しかいなかった。クラブを指導、運営している先生はまだ四十台で、このクラブでも講師を先生と呼ぶため、この場に至ってだけは村上先生より「わたしのことを先生と呼ぶのはやめてください」といわれた。  それには理由があった。俳句クラブの講師のことを受講生は皆先生と呼ぶので、受講生である一人、 村上義人を私が先生と呼ぶのはおかしいという事である。講師には私と村上先生の関係を説明してあったが、他の受講生は私と村上先生の関係を知らない。  懲役帰りの受刑者だったことを知れば、さぞかし驚いたことであろう。  俳句クラブには決していい句は出せなかったが言葉を、知識を吸収する場としては大変役に立った。  あかねちゃんのことで頭がいっぱいで、俳句どころではなかったのだがそれでも私は休むことなく句会に参加していた。小説に行かせる何かがあるはずだとかたくなに信じて。 句会の時は村上先生と話す機会はそれほどない。先生は句会をズームというアプリを使って会場に参加できない人のための設定を行わなければならない。施設の決まりなのか知らぬが電話番号も教えてもらっていない。また会える日は翌日の金曜日である  金曜日がやってきた。待ちに待った金曜日だ。時雨の雨が降っていた。時間は五時になろうかとしていたが、夕時雨というやつであろう。時雨は俳句でいうところの季語だ。まあそんなことはどうだっていい。 「昨日はいい句を詠んでいたじゃないですか」そんなことを話しに来たんじゃない。 「あかねちゃんにはすべて報告することにしました」 「どういう心変わりですか・・・・・・」 「直が一番だと思って。生活保護受給者であることも包み隠さず話すつもりです」 「岸田さんが決めたことならわたしは否定しません」 「でも、小説に行き詰まるとすぐパチスロを打ちに行ってしまうんです」 「あかねちゃんの店にですか」 「そんなことしません。あかねちゃんは賭け事が嫌いだといってました。家の近所にあるパチンコ屋です」 「少しづつでいいと思いますよ。あまり無理しないというか、ストレスをためない事です」 「先生、わたしは間違っていますか」 「いいえ、そうは思いません。今は治療中の身ですし、ただあかねちゃんがそれをわかってくれるかどうか、それだけが心配です」 「書き上げた短編もサイトに投稿しているのですがすべて今のところ没です」これは本当であった。書いては送り、書いては送り続けていたが、あまり良い評価を得られていない。先生に見せたのは最初の一作だけで、後は小説投稿サイトなり出版社へと送り続けていた。来る日も来る日も、小説を書き続けていた。  小説を書くという事がこれほど大変な作業だとは思ってもいなかった。でも好きだからこそ続けられる。  小説を書くようになった今もスロットに走ってしまうのは言い訳に過ぎない。現実から逃げてるだけだ。それは誰よりも自分自身がよく知っている。 「最初から成功する人なんていません。書き続けることが大事だと思いますよ」わかってはいるものの先生から言われると、自然と目頭が熱くなり、涙がこらえきれそうになる。こんなところで泣いては駄目だ!自分で自分に言い聞かせる。  結句、、先生には言いたいこともあまり言えずその日のカウンセリングを終えた。  あかねちゃんの店に行くのは一週間ぶりであった。 「こないだの話考えてくれた」その日は朝から雨が降っていたが朝一番に大洋に顔を出し、折りたたみ傘をたたみながら私は開口一番に言った。 「食事ぐらいだったらいいよ」うれしい返事だった。これで私がきちんと定職についていたならことは万事順調に進んだに違いない。 「あかねちゃんの都合のいい時間は?」 「仕事してない時間だったらいつでかまわないよ」この返事も素直にうれしかった。彼氏がいたらこんな返事はしてこない。 「いつも早番の勤務だから夕方がいいよね」 「そうね。でもこの辺の近くで会うのは勘弁してね。岸田さんがもう店に来ないというなら近くでも構わないけど」よく言ってる意味が分からなかった。それでもわたしは「もう店にはいかないよ」と力強く言って、街の中にあるパスタ店を指名した。  夕方になっても雨は止むことがなかった。こんな雨の事を時雨というのかな? なんて、これからあかねちゃんと会うというのに、のんきに俳句の事を考えたりしていた。なんだか矛盾していた。  わたしの中にあるあかねちゃんへの思いは偽物なのか。自分を疑ってみたりもした。  あかねちゃんが肩を濡らしてやってきた。 「ごめんね。待たせちゃった」 「ううん、全然、俳句を考えていたよ」俳句を考えていたのは一時だけで、何から話そうか頭を整理してたのが現実である。  あかねちゃんには順を追ってすべてを話した。その日はスロットも打たず雨の中やみくもに歩いて、パスタ点に着いたのは約束の時間より一時間も前だった。黄昏ていたといっても過言ではない。  あかねちゃんの事は好きだった。全てを話し、失う覚悟はできていた。ただ友達としてでもつなぎとめておきたかったのも事実だ。そんな現実から目をそらし窓に打ちつける雨を見ていた時間があった。  あかねちゃんはすべてを受け止めてくれた。 「感謝している。ありがとう」素直な感想を伝えた。  あかねちゃんが受け止めてくれたのはわたしの恋心ではない。私の今の現実を受け止めてくれたのだ。もちろんあかねちゃんの事が好きであることも伝えた。それに対しては、待ってもらいたいという返事が返ってきた。至極当然の話である。それでも私は嬉しかった。店の近くで会いたくないといった理由もわかった。店の客によくナンパされるとのことだった。私が今まで通り店に通い、スロットを打っていたのではほかの客に勘違いされるであろうとのことからの心配であった。 「それから、あかねちゃんとちゃん付で呼ぶのだけは勘弁してくれる。あかねでいいから」それに対しわたしは、俺の事も岸田さんではな、くよういちと呼んでくれと願ったが、願いむなしく却下された。 「二十以上離れているのに、よういちなんて呼べるわけないじゃない!」 「俺は気にならないけどな」 「そっちは気にならなくてもこっちが気になるの」私は早速あかねちゃんの厚意に甘えた。こういうところは積極的というか図々しい。 「あかねは俺が何かしら、タイトルというか賞でも取れたら認めてくれるわけ」 「その前に、自分の治療が先でしょう」 「ギャンブルからは手を洗えそうだよ」これは噓だった。小説に行き詰まると、それを言い訳にして、すぐさまパチンコ屋へと足を向ける。大洋には決して足を運ばない。あかねに嫌われることを恐れていたのだ。どうしてもスロットをやめることができなかった。ギャンブル依存症なのかもしれないと思った。ただ、書くことだけはどんなことがあろうとも毎日続けていた。youtubeで知ったことだが本を読むこと、又、映画を観ることも大切だと知ったのでそれだけはどんなに体調が悪くても続けてはいた。だが、そんなことは結局言い訳にしかならない。  あかねと話をして新たな決心が生まれた。それと同時にわたしに欠けているものを、教え諭された。  やはり文化的交流を深めなくてはならない。知識欲ももっともっていいはずだ。  知識がなければ相手に伝えたいことを伝えることができない。あかねは私の気持ちに対し、待ってくれといったが、もうすこし大げさに華麗に愛の言葉を伝えたならばOKしてくれたのかもしれないと、愚かな憶測、妄想まで浮かんでくる。 「わたしは結婚を考えているの、だからできる限る不安定な要素をなくしたいのよ。言っておくけど、岸田さんのことを言ってるわけではないのよ。次、出会う人の事。岸田さんは嫌いではないわ」なんだかていの良い断りの言葉にも受け取れた。 「俺、必ず何かしらの賞を取るよ。毎日書き続けて小説家になる。それまで、あかねには会いに行かない。だ、だから連絡先を教えてくれないか」 「それは構わないけど、それでは少し寂しすぎるわ、連絡先も教えるしlineの交換もしておきましょう。岸田さんの小説の進捗状況もわかるし」 「ありがとう。でも小説はまだあかねには見せたくないんだ。投稿サイトに応募しておきながら矛盾してるけど」 「そんなの、探せばすぐにわかるわ」 「本名で投稿しているわけではないので探すのは無理だと思うよ。その代わり、今まで書いた短編小説なら是非あかねに読んでもらいたい」 「なぜ、今書いてるのは読むことが許してもらえないの」 「今書いているのは短編でなくて、少し長い話になるから自信がもてないんだ」  その日私は何篇かの短編小説を持ってきていた。あかねの感想を聞こうと思って。  あかねは素直に共感してくれた。 「まだ、かきはじめたばかりだというのに起承転結もしっかりしてて面白いと思う」これ以上最高の誉め言葉はなかった。昇天。天にも昇る気持ちだった。  連絡先を交換してその日はあかねと別れたが、パスタの味なんてちっとも覚えていなかった。  家に帰ってからもその日は深夜まで書く作業をやめなかった。気持ちの高ぶりをおさえることができなかったのだ。  火曜日、それはじいさまの囲碁の相手とカウンセリングがある日。  先生になんと報告すればよいか考えていた。と、言っても事実を報告するしかないのだが。  囲碁の戦績はゼロ勝四敗であった。じいさまの顔がはにかむ 「き、きょうはぜんぜんあかんかったやな」沖縄の人であるのになぜか関西弁だ。どうせ私が何を言ったところで耳が悪いせいで聞き取れないことを知りながら「今日は、完敗や」といってみせた  じいさまは、右手にお茶の入ったカップを上下にゆっくり揺らしながら、再びはにかむ。これも私の言うところの文化活動のひとつであった。  あかねちゃんと会って以来幾日もないがスロットは打っていない。囲碁も楽しめるようになった。ひとつも勝てなかったが、有意義な日々を過ごしていると思う。それでも対戦中、あかねのことを先生になんて伝えたらいいのかばかり考えていたことも否めない。  相談室それはカウンセリングをする部屋に通された。  村上先生は相変わらずロマンスグレーの美しい銀髪をしている。風でも引いたのかマスクまで着用いていた。  わたしのほうから切り出したかったのに先生から声をかけてきた。 「その後、何か進展はありましたか」 「あかねにはすべてを話しました」 「あかねと呼びつけにするからには何か良い報告がありそうですね」 「彼女がちゃん付けはやめてくれと」 「彼女と呼ぶからには、その、いわゆる彼女になってくれたんですか」 「そんなんではありません。ただ、私の書いた作品を読んでほめてくれました」今書いてる作品の事は伏せておいた。現在進行している小説は彼女との出会いについて書かれたものであったからだ。 「あかねちゃんは何と言っておられました」先生があかねをちゃん付で呼んでるのがなんだかしっくりこない。 「好きであることは伝えました。もう少し待ってくれといわれました」 「岸田さんの現状は話されたのですか?」 「全て、包み隠さず話しました」先生には全て話したほうが得策だと思った。なにせわたしのカウンセラーなのだから。 「もしよかったら、レポートには載せないので話を聞かせてくれませんか」カウンセラーは診療を受けている患者との対談をレポートにまとまるという義務があるらしい。  わたしはあかねに時間を取ってもらいパスタ店で話した事柄をすべて話した。 「待ってくれというのは、岸田さんとの関係を真剣に考えてる証左ですよ」 「今は、治療が先だとも言ってもらえました」 「よかったじゃないですか、気持ち的にも楽になったでしょう」 「それがそうでもないのです」私は声のトーンを少し落とした。「わたしは書き続けたいのです。あかねは応援してくれるといってくれましたが、作家で生きていくためには何かしら新人賞を取らなければなりません。わたしはあかねに恋心を抱いています。でも、書き続けていたいのです。歳も五十になりました。今更、現場に出て働きたくありません」正直な気持ちだった。人に恋するという事はそう簡単なことではないのだと改めて思った。無事、あかねと結ばれてもあかねを食べさせていかなければならない。生活保護受給者の私には無理な話だ。精神科では二級という精神の障害を認定されていた。あかねと結ばれるためには、何かしらの賞を取るしかない。そのためにも私は毎日書き続けている。 「刑務所に収容されてたことは話したのですか」 「噓をつくのが嫌で、覚せい剤の使用の事も話しました」 「それは勇気のいったことでしょう」 「過去は過去だって、彼女は言ってくれました」 「こんなこと言うのはカウンセラーとして失格かもしれませんが、岸田さんはあかねさんに恋をしてはいるものの、今は小説家になる夢を捨てきれない。書き続けていたいとお考えではないのでしょうか」 「おっしゃる通りです」先生の指摘通りだった「今は本当に書くことに没頭したい。あかねには恋をしてるけど、どこか矛盾を感じています」 「もう、五十だという人もいますが、まだ五十なのです。働きながらだって小説は書けます」 「せんせいはなにもわかっていない!」わたしは声を荒げた。「二つの夢を同時に叶えることはできないかもしれない。わたしは書き続けたいだけなんだ」ここでもわたしの偏った精神疾患が顔をのぞかせた。 「わたしは書き続ける。そしてやがて賞を取ることだと信じています。ただ、それまであかねが待っていてくれるかどうか!? 声を荒げてすいません。実際のところあかねより書くことのほうに重点を置いてる自分がいるのも事実です」 「失礼しました」先生は詫びた。「カウンセラー失格ですね.。今は書くことに集中しましょう」 「旅に出たいと思っています」環境が変われば気持ちも変わる。これも啓発本で学んだことだった。「どちらへ行かれるんですか」 「瀬戸内海を渡ろうと思っています」 「松山あたりですか」 「そうです。坊ちゃんを読んで感銘を受けました。正岡子規の博物館もあるし」先生はこの話にすぐに食いついた。俳句がそれほど好きなのだ。 「フェリーが宇品港から出ています。松山港まで三時間と掛かりません」 「子規の博物館は私も行ってみたいですね」俳句の話にそれていく。それも致し方ない。先生は俳句クラブの受講あると同時に理事も務めているのだ。わたしだってクラブの一員である。  旅に出ようと思ったのは自然に触れることで、わたしの中に何か変化が生まれないかなと思ったからである。物語を書く上で最も大切な要素だ。又昔の文学作品にも触れることで勉強になるとも聞いたので、夏目漱石を手にしたところ、その面白さにはまってしまい、一度、漱石にゆかりのある土地である松山に足を運びたいと前々から思っていたこともあった。  松山では刑務所で知り合った人間が案内してくれた。  湯につからなかったものの道後温泉に行き、記念撮影をして、広島城へとのぼった。もちろん子規博物館にも行き、正岡子規の生い立ちを知り、自筆の句も目にしてきた。  へちま三句。子規は死ぬ直前まで句を詠んでいたという。好きだというだけでは決して真似できない。他人には知ることのできないほどの覚悟があったに違いない。  漱石が勤務していたという松山の学校も跡地も観ることはできなかった。ただ漱石ゆかりのある、からくり時計の前では写真を撮ることができた。それだけで作家に近づいたと思えるのだから怖い。  広島に帰ってきてすぐにしたことといえば、やはり書くことである。  旅に行ったこともあって句もたくさん作ってきた。そのうちの一句が特選に選ばれた。  甲板を降りてはのぼり冬の旅 簡単にその場の情景を詠んだだけに過ぎないが、特選に選ばれたという事実が、がわたしの創作活動に火をつけた。  書いて、書いて、書きまくった。なりふり構わず。いずれ書いていれば陽の目も出るさと、楽観的な見方を忘れず、又、真剣に掘り下げて物語を紡いだ。  小説に行き詰まってもスロットには行かなかった。子規は死ぬ直前まで句を詠んでいたのだ。  わたしは比べてどうだ。言い訳をしてはパチンコ屋へと足を運ばせる。これで本当にいいのか? 本当に小説家としてデビューしようと思っているのか? 自身に問うた。覚悟がなければ、ただ好きなだけで終わってしまう。好きなだけで終わらせたくはなかった。  じいさまを相手に囲碁の相手も続けていた。  カウンセリングが毎週火曜日と金曜日に行われていたが、囲碁の打つ日は毎週火曜日と決まっていた。対戦を終えてカウンセリングを受けるのである。俳句クラブは第二、第四木曜日。  ギャンブルをやめてから文化活動が忙しくなった。俳句の兼題も出されるので、散歩にもよく行った。  言葉の魔力に取りつかれてしまった。  囲碁は言葉を必要としない。なんて言っても補聴器をつけないと相手の言葉が聞き取れないじいさまと対戦しているのだが、その補聴器を取り外して打っているのだから、何を言ったところで言葉は通じない。それでも頭を使うので良い勉強にはなっている。プラス思考に考えた。  じいさまは寒がりの上、小便が近い。二階の事務所フロアで碁を打っているのだが暖房が効いているにもかかわらず、いつも赤いちゃんちゃんこか、黒のダウンジャケットを着ている。  小便の際は自室のある三階に出向くのはいいが、いつもきまって対戦中である。また、小便に行って帰ってくるまでがえらく長い。この待っている時間のおかげで忍耐力ができた。  すべてをプラス思考に考えた。じいさまと対戦してなければスロットでえらく負けたかもしれない。わたしはボランティアとして囲碁の対戦をしていたが、正直なところ、勝っても負けてもわたしの心は癒されていた。じいさまの丸まった背中、杖を突いて歩く姿、湯の入ったコップを上下に揺らす姿、耳が聞こえないにもかかわらず、補聴器を外しているくせして耳に手をやり相手の言ってることを気まぐれに聞き取ろうとする姿。ひょっとしたらわたしのカウンセリングの役目も務めていたのかもしれない。  相談室へと移る。 「今日の戦績はどうでしたか?」 「一勝三敗。完敗です。じいさまのほうが格段に強い」 「ひがさんもよろこんでますよ」その時わたしは初めてじいさまの名前を知った。 「比嘉さんいうんですか? あのじいさま」 「耳が遠いんで、何かと苦労をおかけします」村上先生は自分の事のようにわびた。 「その後、小説のほうはどうですか?」 「ネットでは目にしてくれるというか、詠んでくれる方が増えてきたのは事実です」 「それはよかったですね」先生は自分の事のように喜んでくれる。 「ギャンブルからは完全に脱却しました」わたしは断言した。 「あかねさんとは以来会っていないんですか」 「ラインはしてますけど、執筆中は、書くことだけに専念しています」 「先週は松山への旅のしがいもあっていい句ができましたね」 「小説と俳句は違いますけど自信を持つことができました」それは本当だった。勘違いもはだはだしいが、わたしはもしかしたら才能があるのではないかと思ったのが実際のところであった。書くことに夢中になりすぎて、先生が振ってくれたあかねの話も素通りしてしまった。 「今度、近日中に投稿サイトの締め切りが迫っているので、今書いてる作品を応募してみようと思っています」 「小説は詠まれてなんぼですからね」 「その前にあかねに会いに行ってみようかと思って、先生に相談しに来たんです」 「あかねさんの務めているお店に行くという事ですか」 「そうです。勇気をもらいに行くんです」 「店に行かなくても連絡は取っているのでしょう」 「ラインが来るたび、会いたくて会いたくてたまらなくなるのです」 「店の外に誘え出せばいいのではないですか」 「今書いてる小説にも関係があるのです」 「よくわかりませんが、決めるのは岸田さんです」先生はいつも決まってそうだ。当たり前の事ではあるが、たまに頭にくることがある。勝手ながらもっと自分にかまってくれないかなと思う時がある。 「先生には既に私の書いた小説をいくつか詠んでもらいましたが、実際のところどう思っているのですか」 「素晴らしい小説を書かれているなあーと思っているのが、本当の気持ちです。また、カウンセリングをしていて気持ちも前向きになってこのまま書き続けてくれるのであれば、あたしにとってこれ以上嬉しいことはありません」 「わたしは先生のために書いているのではありません。これから小説家として食べていけるかを聞いているのです」 「そればかりは、申し訳ないがわたしはお答えできません。毎日書き続けていればスキルもアップするでしょうが、運もあります。ただ私は岸田さんが書いた小説が好きです」満足できる回答ではなかったが、運が作用するというのは本当のところらしいし、先生が私の書いた小説が好きだといってくれたのには、また一段とやる気を起こさせた。  よく考えた結果、カウンセリングを受けたその日は執筆も早めに切り上げ、翌日、あかねに会いに行った。 「おはよう!」朝一番だったから客の姿もまばらだ。 「何がおはようよ、ライン送ったって返事もよこさないくせして」 「執筆中は返事を送れないんだよ。集中するために電源を落としていることもある」 「まるで作家気取りね」 「言ったじゃないか俺は作家だと」 「今度は長い作品になるの?」立ち話もいいが周りの視線が気になる。あかねもそれを気にしているようだ。 「今日だけは少し遊んでいくよ」 「店には来ないといったじゃない」 「臨機応変ってやつだ。店長の視線も気になるし」あかねは店の外でも私と会うことを拒みはしなかったと思う。でも、あえて店に会いに行った。これには幾多の理由があった。また店の外では決して会わないとわたしは決めていた。これも幾多の理由の内の一つである。  結局五千円負けてしまった。痛い出費である。といっても、年百年十、部屋にこもって小説を書いてるだけだ。痛いと言ってもたかが知れている。  今まではどうだ。保護費を受給したそばからパチンコ屋へ出向き、後先考えずに博打に明け暮れていた。借金に借金を重ね、月半ばにして青息吐息の状態だった。今は貧乏なりに生活ができている。  これもすべてあかねのおかげだ。あかねが舟を編むに出会わせてくれなかったら何事も変わることなく同じ生活を送っていたことだろう。 「これからはラインも返事帰すから、今まで通り頼むよ」そう言い残して、店には一時間を過ぎたあたりであかねの愛くるしい顔を頭に、心に、残し後にした。  部屋に帰るなり、いつもと変わらず執筆活動に専念した。  筆がなかなか進まなかった。  いつのころから私の生活は乱れてしまったんであろう。十代の終わりころから麻雀やへ務めだし、ギャンブルへとどっぷりはまってしまった。途中、覚せい剤も覚え、気づけばそんな生活からぬけられなくなっていた。その後は刑務所を出たり入ったりの繰り返し。覚せい剤後遺症というありがたい病名までもらって、精神病院にも通院している。  生活保護とは切っても切れない関係。ここ十年いや十五年はそんな生活をしている。  保護会に世話になっているときギャンブルで金が切れて、沼田に頭を下げて遣ってもらったはいいが、現場に出るなり、パニックに陥り、怒りを覚えた。 「ねこをもってきてくれ」 「ねこってなんですか?」 「一輪車の事だよ、そんなこともわからねえのか」これにはさすがに怒気を覚えたが、それだけではなかった。 「ガチャを貸してくれ」ガチャというのがその時初めてラジェットだと知った。  わたしは現場に出る際安全帯丸々一式を借り受けていたが、その一式の中に、それはわたしの右側胴部に密着されていたが、ポカンとしていると、元請けの作業員は何も言わずわたしのそれを黙って抜き取りボルトを絞め始めた。  金がなくなれば沼田の下で働けばいいやと思ってはいたものの、そんな思いをするのは二度度ごめんだった。  沼田はこちらの状況を知っているのか、保護会で会う時も、たまさか街中であってしまった時もいつも決まって、「少し、働いてみないか」と声をかけてきた。さすがに今は会う回数が減っている。パチンコ屋へと足を向ける回数が減ったせいだ。というか長編を書き始めてからは、一度たりともパチンコ店へはあかねに会いに行って以来二度と出向いていない。  ペンを進める。初稿はあと少しで出来上がろうとしていた。後は推敲を重ねるだけだ。  貧乏な生活に慣れてしまったのか、働くことが嫌なのか、そうではない。わたしは駄作であろうと周りの評価がどうであろうと、書き続けていたかった。それに現場に出て職人に足元を見られながら働くことは何よりもいやであった。 「もう少しで初稿が出来上がるよ」あかねにラインを送ってみた。夕方だったせいもありあかねからはすぐに返信があった。 「まずは私に読ませてよ」あかねには今まで作った短編を読んでもらい、それなりの評価を得ていた。でも、今回ばかりはあかねに見せるわけにはいかない。 「今回は新人賞に応募するんだ。それが終わってからでもいいだろう」 「わかった。応援してるよ」そっけない返事ではあったがあかねが応援してくれていることは痛いほど胸にしみてわかった。  何が何でも新人賞を取る。その気概に噓はなかった。  いつも作品をかき上げると村上先生にはその小説に目を通してもらっていたが、今回はそれもやめにした。それには理由もあった。  村上先生は私のカウンセラーでもある。厳しい指摘をしてわたしのやる気をなくしてしまいかねないと甘い評価をしてるかもしれない。  今回だけは誰にも見せず自分の可能性を確かめるうえでも身の回りにいる人間の目に触れさせてはならない。全く知らない他人の評価に身を任せてみたかった。  推敲を済ませ、次への小説へ手を付けなければならないのに、全てを書き終えてしまった私は虚脱感に包まれていた。  小説は特に長編小説をかき上げるとフルマラソンを走り終えたような脱力感を覚えるというが、その時の私はまさにそのような状態であった。それでもすがすがしさはぬぐえなかった。やり遂げた感はある。途中、挫折はあったものの何とか書き上げることができた。  こんなことではいけないんだろうが少し休憩することにした。休憩といったところで、またぞろギャンブルに走るわけではない。碁を打ちに行ったのだ。  碁を打つ日は毎週火曜日と決まっていたが、その日は月曜日であった。翌日も対戦するというのにその日に限って私は積極的だった。ただの気まぐれといってよい。心が文化的方向に向かっている。自分でも不思議だった。長編小説を書き上げたのだから、少し甘えてスロットでも打ちに行くんではないかと思ったりもした。  自分の中に生じている変化が自分でもわからずにいた。  その日は白熱した戦いだった。じいさまと互角に勝負できてる自分に満足してもいた。  二勝二敗の引き分けで勝負は着いた。  すでに夕飯の時刻になろうとしていた。  保護会は食事の時間となると部外者は入館できない。わたしは一時は収容されていたものの今は完全なる部外者だ。OBである。こればかりは仕方ない。月曜日とあってわたしのカウンセラーの村上先生も出勤していない。  お別れの挨拶を伝えようとしたら、胸のポケットの携帯がぶるぶると震えだした。知らない番号である。  耳の聞こえないじいさまに会釈だけして別れるとスマートフォンの緑色のマークを押して通話を始めた。どうやら編集社からのものであった。それは嬉しいことにわたしの投稿した作品が二次審査を通過した知らせであった。わたしは狂喜乱舞した。  先生にまず知らせたかったが電話番号を知らされていない。あかねにすぐさまラインを送った。  翌日は囲碁どころではなかった。二次選考に残った事実に対し先生と会って直接話がしたかった。  碁の戦績はゼロ勝四敗。当然の結果である。心ここにあらずで打っていたのだから。こればかりは仕方ない。  対戦を終えてすぐさま二階のロビーの奥にある相談室へと向かう。  気品ある薄茶色の扉が何だか特別な部屋の入り口に思えてくる。  先生と同時に足を踏み入れる。  オフィスチェアーに掛けるなり私は言った。「二次選考に選ばれたんですよ」村上先生には囲碁の対戦をする前から顔を合わせていたので、これでいうのは二度目になる。 「おめでとうございます。作品は結果の後に見せてもらうとしましょう」先生は莞爾と笑った。「まだその小説、あかねさんにはお見せしたのですか」 「ラインで二次選考まで行ったことは報告しました」 「もし、よかったらタイトルだけでも教えていただけませんか」珍しく先生が踏み込んでくる。 「昇天夢への階段という題目です」 「随分とストレートですね」 「直球勝負です。この小説に全てを賭けているんです」 「ギャンブルはもうやっていないのですか」 「今は不思議となりを潜めてます」 「だいぶ、気持ちのほうも安定してきたのではないですか」 「はい。自分に確信が持てるようになりました」 「書くことで気持ちの落ち着きが保てているなら、それは良い方向に向かっていますね」 「でも、働きたくはないんです。わたしは何が何でも書き続けていたい。そのためにも今回の新人賞を受賞したいのです」 「働くとストレスがたまるといってましたね。今は治療に専念するべきです」 「ここ広島に友達と呼べる友達はいません。会うことが叶うのは村上先生をはじめとして、あかねと比嘉のじい様ぐらいかな」そのあとで言った。「精神科の先生が働いてもよいと判断したら働かなければなりません。それだけが怖いです」当たり前の事ではあるが今のままでいいわけがない。心の安寧が保てているのも、毎日何かしら書いてたからだ。かと言ってそんなことが理由になるだろうか? 「焦る気持ちはわかりますが、そんなに焦ることもないと思いますよ。才能がなければ二次選考に残ったりしません。わたしは書き続けることを望んでいます」 「ありがとうございます」涙がこみあげてきた。一作書き終えただけで、その気になってる自分にも嫌悪を抱いた。のんきな気分に浸っているわけにはいかない。次のアイディアを考えて、執筆活動に専念しなければ。 「泣きたいときに泣けばいいですよ。このことはレポートに伏せておきます」  その日はそれでカウンセリングを終えた。  部屋に帰ってきてからは書くことが先なのに読書を始めた。一冊本を読み終えてから次の題材を練ろうと思った。  そう簡単にアイディアが浮かぶものではない。  夜の町中を散歩に出た。今まではパチンコ屋のけばけばしいネオンライトに誘われて、すぐさま歩を止めていたが、そうした誘惑にも負けなくなった。だが断言はできない。  今まで私は何をしてきたのであろうか? 別な角度から自分を見つめることができるようになった。  やはり自分の中で何かが変わり始めている。将来への不安もあった。このまま働くことなく生活保護を受給しながら一生を終えるのか。そんなこととてもじゃないが耐えられそうもない。働くことも考えた。働きながら書き続けていけばいいではないか。それも違う。何が正解なのかは誰も教えてくれない。  三毛猫が鳴いた。寒いのであろうか。この猫は何を考えているのであろうか? 全然関係ないことが頭に浮かぶ。  わたしは書き続けるしかない。書き続けることでしか自己を確立できない。本当は前から覚悟は決まっていたのだ。二次選考まで残ったのだからがんばればなんとかなる。後は本人のやる気の問題だけだ。本気度といってもいい。  あかねの勤める店の前まで来た。あかねは早番なのでもうとっくに家に帰っている事だろう。  大洋の看板は実にシンプルだ。この場所から全ては始まった。あかねに出会いそして舟を編むを勧められてから。あかねに対する興味、好奇心それは恋心へと変わっていったが、あかねが私を救ってくれたのだ。感謝しかない。誠の感謝しかないとはいうのは噓だ。プラトニックではあるが恋心も抱いている。あかねに会いたくて大洋に通っていたが、今はあかねに認められたくて部屋にこもって、小説を書いている。  会いたいという気持ちと認められたいという気持ちがうまく交錯できぬまま時だけが流れていった。  年の瀬も近い。若いカップル達が白い息を吐きながらすれ違っていく。幸せそうだ。幸せに違いない。  あかねとは週末の日曜日に会う約束をしていた。今から待ち遠しいが出会ってから二度目のディナーの約束である。  たった一度だけパスタ店で夕食を共にしただけなのにあの時の記憶が鮮明に思い起こされる。  あかねにはなぜか不思議と噓をつくことなく正直に話すことができた。そして全部を受け止めてくれた。五回の受刑生活。それらがみな、覚せい剤事犯であることもすべて話した。  あかねはその事実に対し、別段驚いた様子も見せなかった。過去は過去だといってわたしの中に特別な感情を抱かせた。その時からだ。あかねに認められる男になると決心したのは。  あかねは七時過ぎに友達と前々からの約束があるといった。広島駅から電車に乗って出かけるらしい。  わたしの応募した新人賞への最終選考も七時には終わることになっていた。  広島駅前のホテルでディナーをごちそうすることを約束した。 「いいの、お金ないのにそんなに無理しちゃって」あかねは心配していながらも朗らかに笑った。 「いいんだ。物語を紡いでいると、金なんて出ていく心配がない。何でも好きなものを頼んでくれ」  そこはホテルの二階にある高級中華料理の店だった。 「でも、電話がかかっでくるまで待っててくれるだろう」最終選考に残れば編集社から私のもとへ電話が入ることになっていた。 「その前に、どんな小説を書いたのか、私にも見せてよ」 「是非ともあかねには読んでもらいたい」その小説は原稿用紙にして百枚にも満たないので、時間に要して三十分も必要としないだろう。  店員にオーダーだけ頼み、あかねはわたしの小説”昇天夢への階段”を読み始めた。  それは実話に基づいたものだった、覚醒剤後遺症とギャンブル依存症を抱えた主人公、それは私であるがパチンコ屋で出会った女の子^ーあかねと出会い。本を渡され、その本を読み、書くという行為に興味を抱き、作家を目指し、新人賞を受賞して更生への道をたどり、女の子とも結ばれるというものであった。舟を編むに書かれていて一説もいや何節も引用した。単語カードを持ち歩き初めて知った言葉を知るなりそのそばからメモを取っていく。わたしもそこまではしなかったが、部屋に単語帳は持ちそろえてあった。知らない言葉に出くわすと、それは横文字が多数を占めていたがすぐさま単語帳に書き写した。舟を編むでは主人公とその彼女を引き合わせてくれたのは、とらさんという猫だったが、わたしの小説では、物語とわたしを引き合わせてくれたのがあかねになっている。私が物語に恋をしてしまった設定になっているのだ。それでもあかねに恋をしている事実に変わりない。  あかねが涙を流している。鼻をくしゅん、くしゅんさせている。わたしはサクセスストーリーを書いたつもりだが、何があかねの涙を誘ったのであろう。  頼んだコース料理はひととおりテーブルに並べられていた。あかねは一口も口をつけていない。わたしはスープに口をつけただけだ。  最終選考に残ったら作品を見てもらおうと決めていた。だが待ちきれなかった。七時には電話がかかってくるというし、わたしはその電話がかかってくるだろうと確信していた節がある。あかねは七時過ぎに友達のところへと出かけてしまう。あかねと一緒に編集社からの電話を待っていたかった。 「こんなのずるいよ!」あかねは私の書いた小説を読み終えた後で言った。 「今かける長編小説といったらこれぐらいしか思いつかなかったんだ」わたしは思いのたけを話したが、あかねは終始無言で運ばれてきた料理に箸を運んでいる。 「喜んでもらえると思ったんだけどな」 「本気で好きになりそう」料理に運ぶ手を止めあかねが言った。  時刻は六時五十分を差そうとしていた。もうそろそろ電話がかかってきてもおかしくはない。  時刻は七時を回った。こちらから電話をかけて確かめることもできたが、どこか格好悪くてそれはできなかった。最終選考にに残らなかった事実だけがそこにはあった。 「わたし、もう行かなくちゃ」 「ああ」 「ちょっぴり感動したんだけどな、岸田さんの今回の小説」 「一度駄目だったぐらいで、あきらめやしないよ」私は言った「次の作品に取り掛からないと、今度二次選考に残ったら、フランス料理でも食べながら、最終選考の電話を待つのに付き合ってくれないか?」 「次はホテルのお部屋も取っておいてね」 「あかねの中に昇天してもいいのか」 「せっかくいい雰囲気だったのに、何もかもぶち壊し」 「わたし、もう行くから。今日はごちそうさまでした。次はわたしがご馳走するから、書くことだけはやめないでよ。二次選考までいったってことは可能性が少なからずあるという事なんだから」 「ああ、わかったよ。ありがとう」 「わたしこそお礼を言いたいわ。岸田さんの思いがよく伝わりました。たまには外で会おうね」  天にも昇る気持ちだった。昇天夢への階段は今一段を上ったばかりだ。  私はその日次の作品についてすぐさまアイディアを練り始めた。  
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