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兄弟
兄弟だったと言われても、記憶の中をいくら探っても出てこなかった。
5歳か6歳の子が覚えている事は限られている。
母親が留守がちでいつも腹を空かしていた事、男を連れて来ては「今日からこの人が 嵐のお父さんだよ」そう言われていた事。
男は興味も無さそうに俺を見るばかり、たまに頭を撫でる奴、財布を出して小遣いをくれる奴、口には出さず外に出ろと顎をしゃくる奴、男の数だけ様々なタイプの男が居た。
その中に一人だけ、違う感じの男が記憶の隅に残っている。
スーツを着た眼鏡の男、黒い鞄を持ち俺の前にひざまづき頭を撫でた。
ほんの短い間の親子関係、そんな男の名を一々覚えていられるわけがない。
それでもその人は母親と別れた後もたまに俺の前に現れた。
手を取り、頭を撫で、何かを口ずさんだ。
頑張れだったか、また来るだったか、元気か?だったか・・・・・優しい手の感触だけが残った。
母親と別れてしまえばその日から他人になる関係など忘れた方が気が楽だった。
一人になった日から自分のそばには誰も居なかった。
兄弟なら・・・・・本当の兄弟なら、どんなに良かっただろう。
貧しさも空腹も寂しさも、全部が半分で済んだ。
今更来られても懐かしいとも嬉しいとも感じない。
たとえ「そうし」と呼んだところで他人は他人、それ以上でもそれ以下でもない。
自分の代わりに泣いてくれるわけでもなく、傷つくわけでもない。
それなのに・・・・・毎日のように現れて俺に入り込もうともがく。
いい加減諦めてくれないと、淡い期待が生まれそうで怖かった。
誰かに寄り添いたいと思う弱い気持ちが揺れた。
俺を 嵐と呼ぶ男蒼志。
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