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恐怖の夜
深夜に歩いて帰ることに慣れていた。
女子じゃあるまいし、金もない男を襲う奴など居ないと思っていた。
大きな拳が空を切り、咄嗟にのけぞらなければ直撃しただろう。
恐怖で体が震えた。
男は無言のまま近づく、いきなり髪を鷲掴みにされ腹に叩き込まれた拳に口の中で苦い物が広がった。
掴まれた髪を地面に押し付けられ、腕を捻じ上げる。
あまりの痛さに腕が千切れる恐怖に襲われ、意識が朦朧とした時、急に身体から痛みが引いた。
男が飛ばされ、自分の体が柔らかな腕に包まれた。
「 嵐、大丈夫か?」
「蒼志・・・・・」
抱き締められた身体から力が抜けて行く、縋り付くように蒼志に抱きつき、恐怖に震える身体に力を込めて蒼志の服を掴んだ。
誰かに抱きしめられた記憶も優しく頬を寄せられたこともない、暖かで柔らかな皮膚の感触が気持ちよくてずっとこのままでいたいとさえ思った。
「歩けるか?」
そう言われ、とっさに離れて立ち上がる。
「大丈夫、ありがとう」
「送っていく、寄りかかるか?」
「いい」
今だ怖くて足も満足に動かせない、恐怖と痛みで身体はがちがちに固まっている。
満足に歩くことも出来ないくせに、どうしても見栄を張りたくなるのはこれまでの自分の生き方なのか、それともこの男に弱みを見せたくないのか、自分でもわからない。
ヨタヨタと歩く俺にゆっくりとした歩調で手を添えながら歩く蒼志、余計なお世話だと口にするのも憚られ、心の中ではとっくにその手を掴んでいた。
頷いたまま歩きアパートの階段を抱えるようにして上った、ポケットから鍵を出し蒼志に渡す。
しゃがんで靴を脱がせる男を上から見下ろし、足元にじゃれつくあらしに手を差し伸べた。
「あらし、お腹すいてるだろ。待たせたな」
壁に手を突き棚からキャットフードを取り出した。
蒼志がそれを取って、あらしの器に入れた。
服を脱がし、汚れた顔を蒼志がタオルで拭いた。
温水器の湯の温かさがタオルを通じて頬を温める。
「蒼志、ありがとう」
「怖かったな」
その言葉が胸にしみて、瞼が熱を持った。
顔を覗き込まれ、目を閉じた瞬間一筋の涙が零れ落ちた。
「嵐」
蒼志が嵐を抱きしめた。
抱き合った二人の間にあらしが潜り込む、可愛さと温かさに笑いがこぼれた。
暖かな夜が更けていく、一つしかない布団に並んで眠る。
痛みはまだ身体中を苛み、動けばギシギシと音がするように強張った。
隣に眠る蒼志がこちらに身体を向けて、背中を撫でた。
「痛いか?」
「・・・・・」
うんともいいやとも言わない俺をただ黙って撫で続けた。
優しさがどんどん胸の奥に溜まっていく、溢れてしまったらどうしていいか分からなくなる。
それまで蒼志がそばに居てくれるのだろうか?
その時は蒼志の腕の中に囲われてしまいたい。
蒼志の優しさが欲しい。
「蒼志・・・・・」
意味もなくそう呼ぶ俺に蒼志は優しく言葉を返す。
「 嵐、眠れないか?」
眠たふりをして蒼志に抱きつきしがみついた。
「 嵐、そばに居るから安心して眠っていい、大丈夫」
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