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「どどど、どなっ……どな?」
私は生まれつきドモり癖を持ち、日常会話にすら支障が出るポンコツだ。緊張すると余計そうなってしまい、
『どなた様ですか?』
今だって、そう聞こうとしたのだ。
「……確かにワタクシはドナですけど、以前会った事あったかしら?」
だから、目の前の女性がドナなのは、全くの偶然。
「それよりアナタ、ワタクシの婚約者マーリン様に抱かれたってのは本当ですの?」
と、ドナ様が怒気を含んだ口調で言う。
私の憧れの宮廷魔導士マーリン・エムリス様、別名“沈黙の魔王”。
無詠唱で高度な魔法を使いこなし、その才能だけで庶民から伯爵位にのし上がった、この国全ての魔法使いの憧れの的。
その上で雪兎を思わせる白い肌に髪、赤い目というミステリアスな風貌の美青年でもある。
さぞモテるんだろうなと思っていたが、婚約者持ちかあ。
そりゃそうだよね……はあ。
いや待て、それよりもだ!
「だだだ抱かれ……た?」
「そう、そこが問題なのです!」
「誰が、誰に?」
「アナタが、マーリン様にです!」
「も、もちろん性的な意味で?」
「もちろん性的な意味で、です。
それとも何ですか、性的にでなければ覚えがあると?」
いやドナ様、私にそんな覚えは……
「あ」
あったわ。
性的にじゃないけど、抱きしめられてるな私。
「その表情、心辺りがあるようですわね。
さあ白状なさい洗いざらい!」
「ああああ、あのあのっ!!」
ただでさえドモり症なのに、あの状況を誤解されないように私に説明しろとか無理だよ!
しかも私、ある意味巻き込まれた被害者だし。
……助けてマーリン様!
「あ、来てたんだドナドナ」
と声がしてその方を向くと、そこには元凶であるマーリン様が。
そう言えば初対面で彼が「君はドナドナじゃない」って私に言ったの、婚約者さんの愛称だったかー。
「ちょうど良かったですわマーリン様。もう一度先日の話の説明を求めますっ!」
「先日の話?」
婚約者の女性の問い詰めに、動じる事なくただ不思議そうな顔をするマーリン様。
「マーリン様が、この目の前の彼女を抱いたとおっしゃったじゃありませんか。
……事実なんですね?」
「あーうん、抱きしめたって意味ならそうだね」
「ほらやっぱり!」
いや、ほらやっぱりじゃないからドナ様。この方も人の話を聞かない系か?
「でもそれは……」
「何だ何だ騒々しい……お、マー君じゃん」
そこで私の屋敷から新たな登場人物が出現し、見慣れた顔に声をかける。
「チロチロ!」
嬉しそうに声をあげるマー君ことマーリン様。
何だ、うちのチロチロと知り合いか。
って……誰だチロチロって。ドナドナといい、マーリン様の呼び方は独特だ。
「ええとマーリン様、こちらのイケメンな殿方とはお知り合いですの?」
「初めましてお嬢様。
ボクはユチロ、ここディエーガァ子爵領騎士団の、団長をやっております」
ドナ様の疑問に、そう自己紹介をするチロチロ。
そしてその挨拶に、分かりやすく赤面するドナ。
おいそこな貴族女、すぐ隣に婚約者いるよな?
そもそも。
「あああのっ、彼女は男っぽく見えますが私の姉でしゅて!」
ちょっと噛んでしまったが、これは伝えておかないと。
「えっ、お姉様……ですの?」
明らかに失望した表情で呟くドナ。
でも、次の瞬間。
とドナドナが言ったのを聞き逃さなかったからな?
ああ、またお姉ちゃんが無自覚に同性を陥落させてるよ。
「どうやらワタクシの誤解だったようですわね、申し訳ありません」
そう言って頭を下げるドナ様。
今回の経緯を簡単に説明すると。
前述の通り私はドモり症で、それは魔法の呪文詠唱にも影響して、唱える魔法は失敗するか暴発する。
マーリン様はその「暴発」に目をつけた。コントロールさえ出来れば発動する時の威力は数倍、いや数百倍になり、初歩魔法のファイアーボールですら私の背丈の大岩を粉々にするほどだ。
そして暴発の威力は私の感情の昂りに影響するらしく、実験として私はマーリン様に背後から抱きつかれたと、まあそう言う事だ。
「そう言う事でしたら、ワタクシも協力させて頂きますわ」
えっドナ様が?
「こう見えてもドナドナは魔法研究の第一人者だ。君の力になれると思う」
「こう見えては余計ですっ!」
マーリン様の言葉に、頬を膨らませるドナ様。
「それは心強い。
妹のテロルはずっと魔法の事で劣等感を抱いていたからね」
と姉で騎士団長のユチロはドナ様の手を取り。
「ドナさん、これからも妹の事をよろしく頼むよ」
「ええっ!お任せくださいですわっ」
姉の言葉に、分かりやすく嬉しそうにするドナ様。
おーい、もはやこれ浮気現場じゃないのかな。
「ちなみに君には前もって伝えておきたいんだけど」
姉とドナ様が会話で盛り上がってる中、マーリン様が私にだけ聞こえるように話す。
「貴族のような格好をしているがドナドナは庶民だ。だから僕と違って苗字、つまり家名がない」
そういえば彼女はドナとしか名乗ってなかったかも。
何だ、偉そうにしてたけどあの子、子爵令嬢の私より格下かあ、ふっふっふ。
「あと婚約者も自称だから。
確かに幼馴染ではあるけど同じ家で育った義理の妹だからね、そもそも結婚出来るかどうか」
へー、そうなんだ。
ってマーリン様、何で今私にその話を?
はっ、ひょっとして私もワンチャンありって事……いや、まさかねえ。
「大変だ、ユチロ!」
ふいに屋敷に駆け込んでくる、立派な口髭を蓄えた大柄な一人の騎士。
「どうした、エイブラハム?」
と姉で騎士団長のユチロ。
ちなみにエイブラハムさんは団の副長で、姉の片腕的存在である。
「領の北方に大型魔獣が現れた!」
「な、何だって!!」
「チロチロ、討伐なら僕も力を貸そう」
とマーリン様。
「おお、沈黙の魔王様のお力添えとは心強い!」
エイブラハムが嬉しそうに言う。
「じゃあ、行こうか」
え、ひょっとして私も来いと?
「うん、実戦に優る訓練はないからね」
そう言ってニッコリ笑うマーリン様。
……ま、マジですかぁ!?
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