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不可解な事件捜査
翌日、島原雪次は地元警察署に顔を出していた。
田舎警察署の捜査は、いい加減にして稚拙というのはまあ、よくあることではあった。
だが、ここまでくると不可解だった。
迎え入れた地元警察官は、揃ってこちらを鈍い視線で一瞥し、書類に目を通していた。
警視庁の刑事であると、伝えた上でこれだった。
姓名と来訪目的を伝えてあった。相変わらず、こちらを地元の人間として見ないのはいいが、ここまであからさまだと、むしろ怒りを通り越して、不可解な気持ちにさせられた。
子供の頃からそうだった。ことあるごとに、村の子供達は消え、島原は1人残されるのだった。
どこに集まっているのか、聞いたこともあった。年上の、道隆という少年は、鉛のような目でこちらを見て、走って去っていった。
絶対に、俺には教えてくれないんだ。強い、孤独感を覚えて育っていった。
訳が解らないまま、高校を卒業して大学に入り、国家試験を受け管理官の道を、エリート街道を進むことになったが、一度も郷里の土を踏まなかったことに、後悔はなかった。
訳の解らない疎外感を覚えるより、勘解由小路の相手をしている方がマシに思えたのだった。
胡乱極まりない、捜査資料を放って、島原は声を荒らげた。
「これが事故だと?!きちんと捜査していただきたい!」
「私は、ここで40年デカやってます。ここにいる者はみんなそうです」
壮年の刑事は、口の中で、何かを呟いてから応えた。
聞き取れない言葉を唱えるのは、彼が向こうの共同体にいることの証明だった。
昔から、声を出さずに何かを言われ続けてきたのだ。
まさに陰口だと思い、常に学力ではトップを貫いてきたのだ。
「その上で、これは事故だと決まりましたので。誰も事件だとは言ってません。遠くから来た方には、おかしく見えるでしょうが」
「私は――ここの出身です」
怒りを込めて、途切れ途切れにそう言った。
刑事は、また何かを呟いていた。
もう、俺は子供じゃない。理不尽に怒ることが出来る。
カアッと、血が上った。
「その言葉は何だ?!何を言っている?!」
我慢出来ずに、島原は立ち上がった。
フロアにいる、全ての職員が、同じように呟いていた。
これほどの屈辱があるのか。島原は、気が狂いそうになっていた。
どうせオラショだろう。こいつ等が喋れるのは。
無言で、オラショを唱えている彼等は、島原を見ている。光のない、鉛のような瞳で。
もういられなかった。最低限の、遺体の引き取りの為の書類にサインして、島原は署を飛び出していった。
どこに行こうが、全く同じだ。島原は、この地において、ただの通りすがりの旅人にも似ていた。
島原、サイモンセッズだ。よきサマリア人が、空を飛んで、お前がさっき見ていたぶっといおばさんの尻にロックオンした。お前はどうする?
ああ、今すぐお前の尻に一発銃弾をお見舞いしてやる。銃はどこだ?
銃が欲しいって?銃求図を読んで得銃の境地に入っとけ。そうすれば、きっとあの尻を好きに触れるぞ?触り放題だモン、シモン。
俺が!あんな肥満体のアフリカ系婦人の尻に執着すると思ったのか馬鹿めええええええええええええええ!!!
しょうもない馬鹿との会話の思い出が、ふと思い起こされた。
大体、誰がシモンだ。使徒ペテロの宿敵だろうに。
気も狂わんほどに怒り狂いかけた。
先ほどの署内では、本気で何人か撃ってしまいそうになったのに。
あの馬鹿のお陰か。ムカつきながらも、奇麗に怒りが消えていった。
今思うと不思議だ。あの、傲慢な馬鹿に振り回された怒りの方が、この土地で受けた不可解な悪感情に勝るとは。
確かに、島原の幼少時代は孤独だった。
同い年の子供は1人もいなかったし、分校でも、常にたった1人だった。
何とか、彼等に受け入れて欲しくて、あとをつけたこともあったのだが。
マリア観音。不思議な絵。村人が挙って崇めるもの。
それは、何か歌うようでもあって。
さんと様は、海から来た。
突如蘇った、断片的な記憶。それは?それは、何だ?
島原の視線の先に、酷く薄汚れた、灰色の神父が見えた。
本当に、神父かどうかも。
男が、視点も定まらないまま、右手で天を指していた。
「さんと様の御魂は、葦舟にあります」
何?
「さんと様は道をお上りになられた。上った先で、首が落ちた。リンゴのように」
「何――だ?お前――は?」
「さんと様は、3日後に葦舟で戻られた」
「おい――お前――は?」
さんと様――とは?
何が起きている?
ふいに、背後に気配を感じて、振り返った。
そこには、警察署の全ての職員が、並んでいた。
先ほどの刑事もいる。フロアにいた、事務員の女などは、膝を落として祈っていた。
「さんと様に祈り給いてパライソに至る」
壮年の刑事が、言った。
「御前様ぁ」
こいつは、こいつ等は一体。
島原は、強い眩暈を覚えていた。
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