隠された真相

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隠された真相

「あえて、教団と呼んでもいい。教団に入っていなかった者は、そんなに多くはなかった。島原の両親、そして、お前だけだった。あえて、教団と、カトリックを分けたのには理由がある。連中が拝んでいる神は、海からやって来たんだそうだ。それは本来的なカトリックとは違う。その違いそのものだった。隠れざるを得なかった理由という奴は。ザビエルの来訪よりも前にそれは起こり、島原の乱が起こる頃には、もうそのスタイルは定着し、世襲されていた。乱において、どちら側にも加担しなかったのもそうだ。ハッキリ言って関係がなかった。四郎時貞がどうなろうと、日本からカトリックが消え去ろうともどうでもよかったことになる。形而上の神より、形而下において既に神がいたからだった。禁教令が排除されても、それは変わらなかった。そいつ等は既に、神の血肉と融合していたんだそうだ。ちょうど、こいつみたいにな」  勘解由小路が、道隆に視線を落としていた。  苦痛に喘ぐ、道隆の身に異変が起きていた。  ずるり、ずるりと音を立て、道隆の、頭が抜けた。  抜けた頭には、長い尻尾のような肉塊が付いていた。  地面を丸まりつつ這う様子は、巨大な蛞蝓にも似ていた。 「これが、村の連中の本性だ。蛞蝓(ナメクジ)か。内臓も本体(そっち)にあるな。お前の曾爺さんの死因もハッキリした。凶器は、何てことはないものだった。一握の塩だ。ただそれだけで、内臓まで溶かされて、背骨だけがガードレールに絡まっていたことになる」  思わず、島原は口を覆ってあとずさっていた。 「俺の曾祖父が、こんな、悍ましい姿で」 「悍ましくはないんだろう。神の血肉を受け、融合した姿だ。詳しいことは省くが、お前の曾爺さんは、隠れるのをやめて潜伏に戻ろうとした。だから殺された。オラショを捨て、普通のカトリックとして生きようとしていたんだ。それは殺されるだろうに。天主堂の司祭を逃がした時から、それは宿命づけられていたんだ。事故扱いは当然だろうな。要するに、捜査機関すら共犯関係にあった訳だしな。村ぐるみの犯罪は、露見しないように出来ている」  ああ、つまり、あいつ等が。そして、今も身をくねらせている、悍ましい道隆もだ。  道隆は、呻き声のようなものを、一心に唸っていた。  恐らく、それが、彼等のオラショなのだろう。 「葬儀場で、マリア観音の首がもがれていたのもそうだ。まあ、マリア観音をお前の曾爺さんに見立てたんだろうな。首をもがれ、黄色に染まっていたのは、奴等の仕業だった。ビックリしていたのは、信徒でも位の低い連中だった。黄色は、裏切り者のユダの色だ」  あっさりもたらされた真相に、島原は納得していた。 「この、道隆のことも、曾祖父の身体のことも理解した。その異常さが、俺に、志保に見られなかったことにもホッとしてはいる。だが何故だ?何故曾祖父はそんな真似をした?死ぬと、殺されると解った上で」 「それはだな、お前の記憶に聞きたい。ガキの頃、溺れかけたことがあったはずだ。覚えてないか?神童の雪次」  言われて突如、断片的に思い出したことがあった。  確かに、近所の子供に囲まれた中、沈められたことがあった。子供だった頃の自分の目に映るのは、無表情な子供達、そして――。  汚れた神父が?まさか。 「ああ。思い出した。突然川に連れて行かれた。孤立していたから、嬉しく思っていたんだが。そこで、俺は、御前様と呼ばれてる汚れた神父に、川に引きずり込まれたことがあった。唯一それだけだった。曾祖父が、怒り狂っていたのは」 「そいつは(ブラボー)な記憶だな。そいつは歴史の再現だ。お前の曾爺さんは、潜伏に戻ることで教義の正常化を図ろうとした。このままでは、当然ながら気味の悪いカルト集団でしかなかったからな。なあ島原、お前、覚えてないだろう。お前と、人間だった頃の変態と、3人で観光地化された教会に行っただろう。お前は特に反応を示さなかった。もう1つ調べた。お前、同い年の子供が、1人もいないんだってな。分校に通ってただろう。お前が2歳の頃、同年の子供は全て病気で死んだことになっていた。実際は、海に投げ込まれて溶けて死んでいった。お前は1人しかいない。さっきのこいつな。お前に、贈り物を贈りたかったんだろうな。本来は、3人で行うはずなのにな」  俺の過去。勘解由小路との話。全てが、俺に纏わる話で、 「それがどうした!俺が、俺が何だと言うんだ?!」 「学生時代から、お前から何かを感じていた。刑事になって、倒れてから、確信に変わった。お前が纏うものは、確かに聖霊だった。本来の話だ。あの日、お前が生まれたあとで、3人の賢人がお前の家を訪れ、貢ぎ物をした」  3賢人の伝説。 「お前が2歳の頃、同年の全ての子供が殺された。ヘロデはお前の存在を知り、2歳になった同年の子供を全て殺していた」  ヘロデ王の受難。 「それからな。川に引き込まれたんじゃない。お前の額に水をかけたかったんだ。世間では、それを洗礼という」  勘解由小路は、更にこう言った。 「薄汚れたが、御前様と呼ばれているのなら、それはバプテスマのヨハネだ。Bってことで(ブラボー)のヨハネだ。さっき、先んじて(ブラボー)って言ったのに、何故か全然反応がなかった」  まあ解ったが、意味が解ったからどうだというのだろう。無視するに決まっているだろうが。  キリスト教的世界観がまかり通っているこの村で、(ブラボー)などと言われれば、いずれ出てくるだろうとは思っていた。  なので、思いっきり無視した訳だが。  何年の付き合いだと思っている? 「ああそういえば、ヨハネはイエスの師匠で、信徒をごっそり持って行かれた挙げ句、サロメに首を落とされた、いいことなしの預言者だったな」  そして。勘解由小路は指差して言った。 「もう1つ。右手を見てみろ」  言われた通り、島原は己が手を見てみた。火傷の跡に隠れて、何故か存在する、うっすらと残った傷跡。記憶になかった。 「手の聖痕、スティグマだ。お前の実家に行って、バッグを漁ってすぐ解った。ブドウの木の刺繍の浴衣だと?俺は、お前の曾爺さんがわざわざ命を懸けて繕った、お前にしか着られない、お前だけが袖を通すことを許された浴衣を着ていたんだ。どうだ凄いだろう。そしておめでとう。お前は、神の子だ。曾祖父は、お前を守ろうと奮闘し、結果村人全員に追われて殺された。何か、反証はあるか?」  つまり――俺は。 「そう驚くなよ。奴等の教義ではそうだ。そうだというだけだ。大体、俺が倒れた時、お前駆けつけてきて、俺の手を握ったろう?うっすら覚えている。だが治りゃしなかった。お前の奇跡なんざそんなものだ。誰も、お前がイエス・キリストの生まれ変わりだなんて思わん。村の奴等以外はな」 「志保――志保は、無事か?」 「一応、諫早と、お前の親と一緒にいる。おっぱい眼鏡は、奴等の教義ではマグダラのマリアってことになる。ニケーア公会議で、娼婦として貶められた、人間キリストの嫁ってことになる。不倫していたふしだらな女だ。まあ偶然だがな。お前の両親は、ナザレのヨセフと聖母マリアってことになるな。お前の親父は、役場に移動願いを出している。ナザレで生まれナザレで死ぬはずなのにな。村を出ると解っていて、放っておくとは思えん。ああ服部さんお帰り。うん、今解った。おっぱい眼鏡以下、全員がさっき拉致された」 「何だと?!諫早君はどうした?!」 「そういう時、おっぱい眼鏡に怪我がなきゃ、大人しくしておけと言ってあったしなあ。まあ、うちの女達は、ちょうど聖杯に命が満ちてる状態だし、な?」  う、うぐ。島原は、言葉に詰まっていた。  聖杯。人間キリストと、マグダラのマリアの子宮。そこに満ちた命は、 「感想はどうだ?デキ婚の島原雪次」  「やかましい!プロポーズしたあとのことだ!」 「あああ。プロポーズしたあと、寝バックで濃密に絡み合ってたんだな?尻フェチのフェチ男君は。飛行機の中でさっさと確認して黙ってた。島原雪子だな。というか、悪阻がないって羨ましいなお前」 「鉄拳と銃弾を食らええええええええええ!」 「まあ、怪我ない内は大人しいのは、うちも一緒だしな。まあ、助けに行かんとな?お前はどうする?この田舎の島で、けったくそ悪い神を気取るなら止めはせん。どうする?三位一体と言うことは、遡ってお前は漂着神ってことになる。身体が不十分ってことで、兄妹神としてカウントされなかった残念な神の末裔なんだってさ。どうする?」 「そんなのは決まっている!志保は俺が守る!志保は、あいつは、俺の女だからな!」 「でも、不倫してたろう。だって、マグダラだし」 「知ったことかあああああああ!こんな村捨ててやる!誰1人として生かして返さん!勘解由小路!あれだ!サイババのあれをよこせ!」 「別にいいけどさ。手品親父のあれなんか。でもいいのか?ハサミムシ、カマドウマ、タニシの力が集結した、ハ、カ、タ、ハカタのっあっれ。だぞ?」 「知ったことかあああああああ馬鹿めえええええええええええええ!おい!道隆!俺の曾祖父を殺し、異物を盗み、志保を(さら)ったな?!殺人と窃盗、拉致監禁の共同正犯として、これを食らえ!」  馬鹿から取り上げた塩を、思い切り道隆に投げつけた。  蛞蝓と化し、ひたすら慈悲を乞うていた生き物は、塩を投げつけられ、全身が溶けて消えていき、頭蓋骨と、背骨のみが残っていた。 「改めて、勘解由小路降魔に依頼する!好きなように斬獲しろ!」  言われて、勘解由小路は少し思い起こして言った。 「ここは、あの山田儀右衛門(やまだぎえもん)すら近寄ろうとはしなかった場所だ。お前も覚えているだろう?死々戸の案件の、例のビルで捕まえた、山田の先祖だ」  島原も、1年近く前のことを思い出していた。 「ああ、大量殺人をしていて、諫早君の邪眼で滅んだ男だな。そういえば、奴は何をしていたんだ?」  勘解由小路と、死々戸迦風花という女子高生は、周囲に妙な人材を台覧することになったらしかった。  しかも、1人、行方不明の人間もいたようだったのだが、勘解由小路は平然と、「あいつ?あれだ。家に帰ったよ」とか言っていたのだった。 「ああ?あれだ。吸血鬼ハンターだってさ。ろくすっぽいない吸血鬼を探して、近隣の資産家一家を殺して金を奪っていた。今回は、あいつの出番はないしな。あいつだ。家に帰った犬男だ。残念ながら、匂いでどこまでも追跡する犬勇者はいない。ここは風光明媚な田舎で、苦手な排ガスもろくにないのにな。どっちにしろ奴は。まあいい。島原、考えてみろ。奴等はどこにいると思う?諫早が身につけた、指輪の霊気を辿ってもいいが、知ってる奴に聞いた方が早い」  だが、犬勇者とは一体?まあいい、気持ちを切り替えて、島原は考えた。 「そうだな。ああ、思い出した。子供の頃、他の子供達を含めた、村人が消えていた。どこかに集まっていると考え、コッソリあとを尾けた。海沿いの岸壁に、洞穴があった。薄暗い洞窟に、奴等のオラショが何とも気味悪く響いていて、怖じ気ついて逃げた。後日行ってみたが、そこには何もなかった」 「酷く高齢な、お前の曾爺さんがまだ生きていた理由がそれだ。半分人間じゃなかったから、寿命も人間を越えてはいた訳で、お前知らないか?そのあと、決まって老人が姿を消していた」  言われてみれば、そんな気はしていた。 「さっきの蛞蝓漁師が言っていた、パライソってのがそれだ。長久な寿命を誇りながら、日常的に苦痛と共に生き、やがて消えて失せる定めだ。曾爺さんが生きていたのは、お前の、キリストの生まれ変わりのお前の情報を、教団に知らせる仕事があったからだ」 そうだ。村の古老達は、気が付くと減っていたのだった。 「更に言うなら、その場所は、漂着した場所だな。漂着神が、今も巣食っている。よかったな島原。お前、のこのこ行ってたら、漂着神に食われただろう。どっこいここには俺がいる。行くぞ、島原。一方的な斬穫を見せてやろう」  勘解由小路の背後に、いつものリムジンが、横付けされていた。
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