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洞窟内に、悲鳴がこだましていた。
さながら、一方的に幕府軍に追い立てられる、島原の乱のような光景が広がっていた。
疾走するのは、地獄の底からやってきたという、あれにも似ていて。
「青っ白い馬ー!それと騎士ー!そして不思議ー!ああ不思議ー!」
この馬鹿、戦場の真っただ中で、「パリス」の青ざめた馬乗りを歌っていた。
「おい!こんな状況で歌う歌か?!」
「まあちょうどいいだろう。こういう光景は、日本じゃ見られないからな。っと!島原!」
「ああ!食らえ!」
多くの住人を、一方的に殺してここまで来ていた。
「終末だ!終末がやってきたぞ!今日日曜だったし!粗布着た百姓共に灰をぶっかけてやろう!島原!撒き散らしてやれ!」
島原は、何故かキレていた。ウィリアム・ホールデンじみた雄たけびを上げながら、故郷の知り合いを虐殺していった。
「雪次君!」
「降魔さん!」
女達が、それぞれが求めていた、男の名を呼んでいた。
「志保!無事か?!ああよかった!」
スイッチで、一瞬で諫早を抱きしめた勘解由小路の姿があった。
「ああ、震えちゃって可愛いメス蛇ちゃんだな♡バジリコックにも天敵がいたのか。子供達は無事だな?よかった。島原!そこ諫早の席だ!どけ!降りろ!乗れ諫早♡」
ああ。勘解由小路の匂いを胸いっぱいに吸って、諫早はしなだれていた。
「生理的嫌悪が、かくの如く肉体を支配するとは思いませんでした。胸に飛び込んでスリスリしていいでしゅか?いいですします。ああああん怖かったー!降魔さんチュッチュ♡ああしゅき♡しゅきしゅきだいしゅき♡」
虐殺の真っただ中で、夫に舌を絡めていた。
「ホントに可愛いぞ♡諫早♡母ちゃん♡あとでいっぱいしような♡島原!親にぶっかけんなって潮を!親殺しは死刑だぞ」
「いつの話をしている!飛沫が飛びまくっている!親父!大丈夫か?!」
「しょっぱいなこれは!磯臭いし!雪次お前!ああ村長に場長!何てことだ無茶苦茶じゃないか?!」
「溶けなかったのかおっさんは。無事だったら重畳だ。黙って見てろ。島原、御前様気取りのヒッピーには塩が効かないぞ?ああ、あいつはロシア辺りの密航者か何かだ。流れついちゃったもんで、訳も解らず崇められている。ヒルコに魅入られた、ただの一般人だ。ああヘロイン漬けにされてるな。逆にあれだ。イカレてるから村人虐殺の犯人にしちゃおう。島原、わっぱだ」
「流石に無法だろうに!」
「村人が、誰も触れない塩を、曾爺さんにぶっかけたのは誰だと思ってる。共同体で塩が効かないのが何よりの証拠だ。早く捕まえろ」
御前様は、信徒が皆揃いてパライソに旅立っても、何一つ動きを見せず、何も見てもいなかった。
狂気のような世界で、ヘロインを打たれ続け、住民の望むままに振舞い続けた先で、哀れな人形のようになっていた。
「あれだな。こいつは、ヒルコの外部感覚器だ。洞窟から外に出られない、不具神のほぼ同位体だ」
「そうか。出られないのか。こいつの本体はここから」
ああそうだ。勘解由小路は言った。
「ヒルコってのは、そもそも何だという話でな?形而下で神になんぞ会ったことがないもんでな。こんにちはってくると思って、家に「おいでやす」って表札貼ってあったのにな?」
何のこっちゃだお前は。島原は思い、
「ああ、ありましたね。表札」
諫早はそう言った。
「だからまあ、形而上的な概念として話すとな?ヒルコってのは、イザナギとイザナミの爛れた兄妹の間に生まれた神らしい。しかし、近親婚だった所為で、生まれた子の魄は、残念ながら欠けていたんだそうだ。魂レベルで考えると、神ってものは何も、人間と体構造が同じでなくてもいいそうだ。シュマゴラスみたいなんだって神っちゃあ神だしな。シュッシュシュッシュ言って掴みかかってくるところなんか、諫早にソックリと言えん訳ではあいたた!石山さん出番ですよ?まあそれはいい」
シュマゴラスって、一つ目のタコのような神らしかった。
「つまり、その体構造を支える、霊的な核というものがあるようで、ヒルコはそれが欠けていた。最初は、トヨタマヒメんちに送ったらしいんだが、やがで無尽蔵に増殖を繰り返したりして、トヨタマヒメに竜宮を追い出された。要するに、産廃の漂着案件のように、この地にたどり着いたヒルコは、既に消滅の一歩手前にあったんだが、何故か島原みたいな純朴なお人よしの漁師に拾われ、あっちに行ってください。そこ右です。ってな具合に、洞窟に住み着くことになった。だがまあ水気なもんで、同じように船でさ迷っていた、ポルトガルとかの船から情報を得て、へえ、じゃあなったろうやないか。神に。ドヤアと一念発起したって訳だ。要するに、ここに引きこもりのスーパーボルボックめいた、グログロな生き物の巣が誕生したことになる。自らの細胞を埋め込んだ、走狗のような蛞蝓人類や、この御前様を利用して、超すげえ俺達の国を作ろうとしている。いいところで、お前を取って食おうとして、俺に喧嘩を売ったんで、これから赤いオンドゥルで滅ぶ。以上」
イザナギイザナミに、トヨタマヒメまでもがディスられていた。
ボルボックって、確か、子供の頃に見たぞ。アニメで。
赤いオンドゥルって何だ?そして。
薄汚れた神父は、馬鹿のディスなど聞く耳を持たず、天に指を差した。
「でうすは全てを食らう。食らいて一つに帰らん。さんと様は救い給う」
そして、洞窟が、瓦礫に沈んだ。
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