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ジェットが飛び立った時、既に馬鹿は大口を開けて眠っていた。
疲労困憊は、事実だったんだろう。
長距離移動する時、基本的にこいつはいつも寝ていたことを思い出した。
大学時代、こいつともう1人の3人で、インド亜大陸を旅行した時のことだった。
ダラムシャーラー行こうぜ。二階堂?あんな麦は放っとけ。
この馬鹿が言ったので、最寄り駅から、半日かけてバスで移動した時のことだった。
ふと、左の車窓を見上げると、それは雄大な、ヒマラヤ山脈が見えた。
島原は、隣に座っている馬鹿を揺り起こそうとした。
生まれて初めて見る光景に、興奮していたし、この感動を、愚かにも、この馬鹿と共有しようと思ったのだった。
「やかましい。寝てるんだ俺は」って返ってきた。
島原は、1つ空けて隣のシートに座り、寝ている馬鹿に、幸せそうにひっついている諫早君に言った。
「諫早君。君は産休中だが、体は大丈夫なのか?もうすぐ臨月になるんじゃないか?」
「まだ陣痛も来ていませんし、全く問題ありません。ありがとうございます管理官。ですが、少し静かにしていただけませんか?彼が起きてしまいますので」
え?
諫早君は、幸せいっぱいの顔で、携帯で馬鹿の馬鹿面を撮影していた。
「諫早さん。貴女」
志保が、躊躇いがちに言った。
「どうしてそんな写真を?勘解由小路さんの写真なんか撮って、どうするの?」
志保は志保で結構毒舌な女だった。恐らく、その、なんかには、相当量の言いたいことが詰まっていると思われた。
諫早君はモジモジしながら、
「降魔さん、凄くカッコいいのです♡そのカッコよさを、多くの人に伝えたくなってしまって、何故か」
ホントに何故かだ。これは。
「ホームページですか?SNSですか?どうしたらいいのか解らないのです。ちょうどいいので、お知恵をお借り願えませんでしょうか?」
グオン。2人の驚愕があった。
諫早君が、携帯を見せた。ベッドの上で、大口を開けている馬鹿に、ニコニコ顔を向けている諫早君。といった、ベッド上のツーショット写真だった。
恐ろしいことに、彼女の目はウルウルのキラキラで、大口を開けた馬鹿を見つめていた。
あ、次の写真は、馬鹿の胸に頬を寄せている1枚、頬にキスしている1枚もあった。
下着を着けてはいるが、これは、世にあるゴシップ的な流出写真のような構図だった。
彼女がこの馬鹿を?軽い悪夢にも似ていた。
「撮ってくれたのは、三鷹さんでした♡」
2人は完全に言葉を失っていた。まるで、不可解な精神攻撃でも受けたようだった。
「あー、えー、そうね。電波系ブログにアップするのもいいかもね?」
志保、君もそろそろ突くのをやめた方がいい。
どうせ効きやしないのだろうが。
「ブログ?ああ聞いたことはあります。ホームページとは、違うのですか?キャアアアア♡しゅてき♡降魔さん♡奇跡の1枚です♡」
馬鹿は、ちょうど鼻提灯を膨らませていた。
ええと、何と説明すれば。志保も困っていた。それより何より、志保は隣のシートに座った同棲相手を見た。
信じられない怪奇現象目の当たりにして、目を見開いていた。
志保には見えた。諫早君の横の、人でない何かを。
半透明な蛇、諫早君の命のビジョンは、ウキュっとした顔で、こちらを見ていた。
ハートマークの邪眼が、2つピンクに光っていた。
恋する蛇は、降って湧いた幸福に、浸りきっていた。
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