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葬儀を済ませて実家に戻ると、ばさりと浴びせかけられた。全身に、塩が降りかかった。
「何のつもりだ?」
拳銃はどこだ?馬鹿を撃つ拳銃は?そう思いながら聞いてみた。
「あん?お清めだ。諫早、眼鏡にもぶっかけてやれ」
浴衣に着替え、空のバケツを手にした馬鹿が言った。
「解りました降魔さん。志保さん、申し訳ありません。降魔さんの命令ですので。えい」
同じく浴衣を着た諫早君が、バケツいっぱいの塩を、志保に降りかけていた。
馬鹿は、志保に何か起きないか、じっと見ていた。
馬鹿夫婦の間抜けな視線が、志保を貫いていた。
「おい。勘解由小路お前」
「雪次君、この気持ちどうしたらいい?」
「エッセイにでも纏めときゃいいだろうに。YOあー。あーYO。ヘイ!SIO」
まだやってるのかこいつは。
「勘解由小路!お前、今まで何をしていた?!大体それはバッグに入っていた俺の浴衣じゃないか?!」
ブドウの木の刺繍に、覚えがあった。
死の直前、電話で会話したあと、曾祖父が送ってくれた、緑色の生糸で繕ってくれた浴衣だった。
そう。子供の頃から、緑色の浴衣は、島原だけのものだった。
何故か、村の子供達は揃って、赤みがかった浴衣を着ていて、疎外感を覚えたのを思い出した。
これを着て、曾祖父の顔が見たかった。
「おう。さっきまで諫早に搾り取られてた。まるで妊婦に襲われてるみたいだった。4回目で弱った俺に、毛布をかけてくれるはずのベロニカもマイケルも何故か現れず、逆に諫早に裸に剥かれた。ソウルシャウトはピラトに禁止された。つまりここはベテシメシだ。腰が痛い」
キリスト教徒にしか解らないだろう、戯言が返ってきた。
「知ったことか馬鹿めええええええええええええええ!ジェームズ・ブラウン気取りかお前は?!何がソウルシャウトだ!うちに観光旅行でもしに来たのか?!」
マイケルは聖使徒と思いきやジャクソンだろうに。それに聖ベロニカだと?そこまで言ってもよかったが、流石にサムいだろうと島原は思っていた。
ジェームズ・ブラウンが、腰を落としてヨロヨロになった時、確か、毛布をかけた、若き日のマイケル・ジャクソンがいたような記憶があった。
ヴィア・ドロローサを登らされたキリストに、布で汗を拭ってやった聖ベロニカは、聖骸布を継承したらしいことも知っていた。
ピラト総督に、得意のシャウトを禁じられれば弱りもしよう。
だが、それはジェームズ・ブラウンでお前じゃないぞ勘解由小路!
要するに、散々俺の実家でやりまくっていた馬鹿は、汗も拭う暇もなく、諫早君に裸にされたのだ(ここまでがベロニカとマイケル)。
しかも、一応他人の、俺の家であったから、あまり声は出せなかった。そう言いたかったらしい(ここまでがピラトのくだり)。
島原は、そこまで深読みしていた。
あの馬鹿の台詞の裏に、ここまで含蓄があったとは意外でもあったが、たまにこういう物言いをするのも事実だった。
だが、ベテシメシとは?
ベテシメシは、旧約聖書にある、呪われた町の名だった。
ペリシテ人から聖櫃を奪還し、エルサレムに運ぶ途中一向はベテシメシの村に立ち寄った際、祭司アビナダブの息子エルアザルだけが触れることを許された契約の箱を、70人のもの村人が物見遊山で開いて覗き込み、全員天罰を受け死んだ。という話だった。
大学時代、オカルト学の大家、サー・ロックハート教授からこの話を聞き、馬鹿はあれだな、レイダースの最後みたいだな。とか言っていたのだが。
ただ、腰が痛かったからなのか?
島原の思考に割り込むように、馬鹿は、
「ああまあそうだ。ここは五島列島の端の端、マイナーすぎる土地だが、幸運にも近所に世界遺産があるしな。うちにこもっていると、諫早が可愛すぎて敵わんのだ。いい機会だから、ざっと観光することになっている。明日。眼鏡連れて」
え?志保が言った。
「その為だけに、最高級のドレスを持ち込みました。浦上天主堂で式を挙げましゅカッコいい降魔さんと。ウキウキが止りません」
「そんな訳だ。今日はお前の里帰りと、ジジイの精霊落としだろう。食って飲むぞ。引っ越しさせたきゃ親父は魚で釣れ。お袋さんは、最近韓流にハマっている。カン・ドンウォンで釣れ。じゃあ宴会な?行くぞ諫早」
「はい♡ニュルン♡」
ひっついた馬鹿は、奥に引っ込んでいった。
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