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9月22日(金) 韓国料理店にて
『仔犬を拾った?へえ、アンタ動物好きだったっけ?それより、オフ会の誘いがきてるんだけど、アンタどうする?』
「ああ、オフ会ね。私もどうしようかなって思ってる……って、そうじゃなくて!」
スマホから目を離さないチカに、未来は声を荒らげた。
「拾ったのは仔犬系の男子大学生!」
ぴたり、とチカは静止し、じろりと未来をにらみつけてくる。
『男子大学生?拾ったってどういうこと?』
「だから、うちの前で行き倒れてたんだって。行くあてがないから、しばらく泊めてほしいって泣きつかれて、今に至る」
『はあああー?今一緒に住んでるってこと?道で拾った男と?どこの大学の誰か確認したの?』
「う……大学は知らないけど、名前なら」
『名前なんていくらでも偽名使えるでしょ!
つまりなに、どこの誰かもわからない男と同棲してるの?ちょっと目を離した隙に……信じられない!
ついこの間ストーカーに殺されかけたのに、本当こりない女ね。馬鹿じゃないの、アンタ。そんな男、今すぐ放り出しなさい』
「それがね、できないんだよ」
『なんで』
「好きになっちゃったから」
『……』
「経験したら、チカもわかると思うけど、朝、起きたら超絶イケメンがにこにこしながら朝ごはん作って待っててくれて、掃除も洗濯もしてくれて、仕事から疲れて帰ったら、またにこにこしながら迎えてくれて、夕ごはん作って待っててくれて……。家に帰ったとき、明かりが点いてて、温かいごはんを私のために用意して労ってくれる存在がいるって精神的に本当、大きいよ。
今まで年下の男なんてガキだと思って興味なかったけど、私も年とったのかな。
なにしても本当に可愛いんだから。
ね、彼の写真みて。納得するから」
いそいそとスマホを取り出し、陸とツーショッとの写真をチカにみせる。
満面の笑顔の陸と未来。
未来が童顔なせいもあって、年の差は感じない。
写真には、モデルのような、嘘みたいに整ったビジュアルの青年が写っている。
『……』
写真を一瞥したチカは、ぶすっと不機嫌そうな顔をした。
『お金は?』
「え?」
『生活費。まさか居候は一銭も払ってないんじゃないでしょうね』
「全部私持ちだよ」
『は!?アンタ、マジでいってんの?それじゃただのヒモじゃない!』
「ヒモ……いわれてみればそうかも……」
『ハタチ過ぎてるなら自立して、自分で稼ぐものでしょ。アンタ、いいように利用されてるだけよ。面倒なことになるまえに、とっとと縁切りなさい。
ずるずると関係を続けていたら、貴重な金も時間も食い尽くされるわよ』
「でも、恋人なら問題ないんじゃない?」
『本当の恋人ならね。昼間、アンタがいない間、その陸はなにをしてるの?』
「なにって……家事やって私の帰りを待っているんじゃない?」
『大学は?なんで行ってないの?』
「……わからないけど、きっと、陸なりの事情があるんだよ。無理にきくことはしないつもり。陸が打ち明けたくなったら、その時はきちんときくよ」
『……本当に、なにも知らないのね。素性のしれない男をペットみたいに面倒みて食べさせているなんて……。まさか、お金渡したりしてないでしょうね、そのヒモに?』
「必要なときには渡してるよ。昼食代だったり、スーパーで食材買う代金だったり……普通でしょ?」
『もしかして……最近あたしとごはん行かなくなったのって……』
「そう、節約するため。切り詰めないと、将来不安だからね」
『将来って……』
「そう。陸との将来。結婚も考えてるんだ、私たち」
『……は!?』
「もちろん、すぐってわけじゃないよ。陸が大学を卒業して、就職したら、私との将来のこと考えてるっていってくれて。それまでは、私が養っていこうと思ってる」
『ああ……。なんで大学に行かないのか、帰る家がないのかもわからない男と結婚する?どんな過去があって、なんでヒモになったのかもわからないのに?なにも知らない人間と結婚する?のぼせ上がってるんじゃないわよ!
あたしにはよくみえるわ。
アンタが、年下のイケメンに利用するだけされて、捨てられる将来の光景が』
「チカって男に対してネガティブな感情強すぎない?もうちょっと信用してよ、私も陸も」
『ああ、ああ……。わかった、好きにすれば。恋に酔ってるアンタに聞く耳がないことくらい理解してるわ。
とことん吸い尽くされて、無様にもボロボロになったアンタを笑いながら、酒を呑む。
それを楽しみに期待してしばらく待つわよ。
どうせ、そう遠い未来の話でもないだろうし』
「残念でした〜。今度こそ、そんなことにはなりません。だって、この出会いは……」
『運命なんだから、でしょ』
「……当たり。でも、考えてみてよ、結婚相手に求める条件に、お金をあげていた私が、お金なんてなくたっていいって思えたんだよ?彼は、陸は、私にとって初めてで、特別な存在なんだと思う」
真剣な表情で語る未来の視線が、やはり、ふわふわと遠くへ近くへさまよっている。
ああ、やっぱり、今はなにをいっても無駄だ。
そう悟った近くは、やけくそ気味にチヂミを頬張った。
「彼が自立して、立派な社会人になるまでは、私が支えるの。彼、器用だし、若いし、なんにだってなれる。ちょっと羨ましいよね。私にはなくなっちゃった可能性とか、将来性とかが陸にはまだ残ってる。私はそれを応援したいのかもしれない。
陸、多分私にいえないようなことがあって、隠してるんだと思う。それくらい、私にだってわかるよ。
でも、決意したら、私に心を許してくれたら、きっと自分のことを話してくれると思う。
そのときは、彼にどんな秘密があったとしても、受け入れられると思う。困難なら、2人で乗りこえていける。
私たちを邪魔する障害だって協力すれば壊すことができる。
私たちは、信頼っていう糸で固く結ばれてるからね」
『あー!もういい!きいてるこっちが恥ずかしくて耳が腐るわ!
とにかく、陸の通ってる大学くらい把握しておきなさい!
今のアンタは、相手のことを知らなすぎる。本当に将来を考えてるなら、陸がなにものか知るべきよ。スマホでも調べて中身を確認するくらいしないと』
「でも、盗み見るなんて……」
『なにが出てくるか怖いの?なにがあっても陸を支えるんでしょ?得体のしれないままで付き合いたいなら、結婚なんて考えないことね。籍を入れるって、甘くないわよ。今のままじゃ、現実的に考えて結婚するなんて無理』
「無理、かなあ、やっぱり……」
『頭が冷えた?相手のことをなにひとつ知らなくて、なにが結婚よ。覚悟が本物なら、なにを知っても揺らがないでしょ。陸のこと、詳しく調べてみたら?』
陸の隠された全てを知って、傷つく覚悟はあるのか。
そして、その傷を乗り越えて、陸を受け入れる固い決意はあるのか。
しかし、頭の隅では、そんな深刻な事情でもないだろうと、楽観的に思っている自分もいる。
例えば、家賃を滞納して部屋を追い出された貧乏学生だったとか。
現実は、案外そんなものだろうと。
チカは、未来の幸せが気に入らないだけなのだ。
だから、陸に、隠された重大な秘密があるとかいって、自分を不安にさせたいだけなのだろう。
ありもしない秘密があるとか吹聴して、不安を煽って楽しんでいるだけなのだ。
チカは、恋愛に対して基本的に辛らつだ。
サキの結婚だって心から祝福していない様子だった。
仕事が恋人の、今のチカには、恋に恋する自分たちの気持ちなど、到底理解できないのかもしれない。
いつかチカに、大切なひとができたら、からかって遊んでやりたい、というのが未来の密かな夢だ。
決して口には出せないけれど。
チカの厚意に甘えてランチを奢ってもらった未来は、最寄り駅まで歩きながら、そういえば陸のスマホをみたことがないことに思い至った。
今時スマホを持っていないということがあるだろうか。
財布なら、みたことがある。
未来が渡した現金を入れて、尻ポケットにしまっていた。
身分証……学生証や免許証が入っているかもしれない。
今夜、陸が寝ている隙に確かめてみようか。
チカの言葉が、心にトゲとして刺さり、陸への小さな疑念が生じたのもまた、事実だった。
また、熱くなっている。
暴走するのは、自分の悪いクセだ。
1度立ち止まって、現実的に陸とのことを考えよう。
その考えは、家に帰り着いて、出迎えた陸の笑顔をみた瞬間、吹き飛んだ。
10月7日(土) 最寄り駅前にて
必要な雑貨を買い終わり、未来は週末の街中をひとり歩いていた。
買い物なら、陸が行ってくれるが、さすがに彼に頼めない日用雑貨を買いに出る必要があった。
ここ最近、時間があれば部屋で陸と過ごしていたせいか、たまにひとりになると、小さな解放感と、同時に物足りなさを感じていた。
まだ知り合ってほんの短期間なのに、こんなに陸の存在が大きくなっていることに自分でも驚いてしまう。
街中でレストランをみかければ、陸を連れていきたいと思うし、陸に似合う服を一緒に見に行きたいと思う。
時刻は午後3時。
家に残してきた陸に、おやつでも買って帰ろうか。
どこか適当な店はあるかな、とあてもなく歩いていると、見知った背中を人混みにみつけた。
家にいるはずの陸だった。
陸はひとりで駅前の賑わいを歩いていた。
偶然の出会いに嬉しくなって、未来は表情を緩めて声をかけようとした。
振りかけた手を、中途半端な位置で止め、未来は立ち止まった。
どこへ行くんだろう?
もしかして、友人や知り合いに会いに行くのだろうか。
覗きみるようで悪いが、謎に包まれた陸のことを、知るチャンスかもしれない。
まさか、浮気ではないだろうな?
単純に興味を抱いて、陸から目を離さないまま、未来は彼を追いはじめた。
昼間、ひとりで家にいる陸が、なにをしているのか。
チカにきかれて答えられなかったことも手伝って、未来は陸に気づかれないように追跡する。
未来が買い与えた上着を羽織り、ポケットに手を入れて人混みを闊歩する陸は、ランウェイを歩くモデルさながらのスタイルで、周囲を行く女性が次々と振り返っていく。
そのひと、私の恋人なの。
大声で街中のひとたちに自慢して回りたい気分で思わずにやけてしまう口元をうつむいて隠しながら、迷いなく歩く陸を見失わないよう小走りになりながらついていく。
5分ほど歩いたあと、一際賑わっている一角へ、陸は入っていった。
賑わっているのは、ただひとが多いからではなく、大音量で陽気な音楽が、歩道にはみ出すように響いていたからだった。
その大音量を垂れ流す店に、陸は吸いこまれるように入っていった。
彼が完全に店内に姿を消すと、未来は、店の入口に立ち、看板を見上げた。
「……パチンコ……」
当然ながら、パチンコ店に入ったことはない。
こんな近くまできたのも、初めてだ。
陸は、日常的に、こういう店に出入りしているのだろうか。
年齢的には、なんの問題もない。
しかし、出会った当初、陸は所持金がないと未来の家に転がりこんできたのだ。
まさか、自分が渡したお金で、ギャンブルに興じているのだろうか?
そうっと顔だけで店内を見回すと、パチンコ台に座った陸が、近くの中年男性たちと親しげに談笑している。
音楽がうるさくて、会話の内容はきこえない。
中年男性が煙草を差し出すと、ごく自然な仕草で受け取り、火を点けた。
ふうっと紫煙を吐き出し、陸は満足そうに煙草を味わっている。
煙草の匂いを、陸から感じたことはない。
やがて煙草を吸い終えると、気が済んだのか、陸はパチンコに興じはじめた。
衝撃だった。
これが、自分が知らなかった陸の一面。
パチンコ店に出入りする。それは悪いことではない。もちろん、わかっている。パチンコ店に出入りするひとに対する偏見であることも頭では理解しているのだ。
しかし、陸とパチンコが結びつかない。
もしかして、陸の所持金が尽きたのは、ギャンブルが原因ではないのか?
見てはいけないものをみてしまった気がして、未来はしばらく店の前でたたずんでいたが、いつまで待っても陸が店から出てこないので、そっとその場を離れた。
10月7日(土) 夜 未来の自宅にて
陽がとっぷりと暮れてから、陸は帰宅した。
こんな時間まで帰ってこないことなど、今までなかった。
陸はなにごともなかったような平然とした顔で、未来をみるなり仔犬の笑顔を浮かべた。
「未来さん、帰ってたんですね。すぐに夕ごはんを作ります。先に、お風呂に入りますか?その間に……」
陸の言葉を遮るように、未来は鋭い口調でいった。
「遅かったね、陸。どこ行ってたの?」
「病院です。お見舞いに」
陸の笑顔に曇りはない。
未来は、「そう」とだけ呟くと、それ以上追求することをやめた。
陸がパチンコに行ったこと、証拠はないが、未来の渡したお金をギャンブルに消費しているかもしれないこと。
それ自体は、大変ショッキングなことではある。
けれど、それだけだ。
それだけで陸を「クズ」呼ばわりはできないし、したくない。
もしかしたら、パチンコに行ったのは初めてだったかもしれないし、お金だって未来が渡したものとは限らない。
そもそも、パチンコが趣味であっても、責められるいわれはないのだ。
気持ちを入れ替えると、未来は笑みを浮かべた。
「うん、先にお風呂入ってくる。今日の夕ごはんはなに?」
「出てきてからのお楽しみです」
陸はそういうと、未来の手をきゅっと握りしめて、上目遣いでささやいてくる。
「早く出てきてくださいね。未来さんがいないと、僕寂しくて死んじゃいますよ」
「あはは、なにそれ、大げさ。うさぎじゃないんだから」
未来が朗らかに笑うと、陸も得意の仔犬の笑顔を浮かべた。
今は、この笑顔があればいい。
それだけで幸せだ。
彼を失いたくない。
そこにどんな闇が、横たわっていようと。
10月23日(月) 未来の自宅にて
その日も、仕事から帰宅した未来は、いつものように仔犬の笑顔で迎えてくれた陸と、彼お手製の夕食を摂っていた。
相変わらず美味しい。
どこで腕を磨いたのだろう。
『ヒモ』なんかやめて店でも開いたら繁盛するだろうに。
今日あったことや、嫌味な上司のことなんかを、笑顔で相づちを打ってくれる陸にきいてもらうことで、日々のストレスも消化されていく。
明日も、また頑張ろうという気にさせてくれる彼という存在は、今や未来のモチベーション維持に欠かせない。
和やかに食事を終え、陸が洗い物に席を立ち、未来がテレビを観ながら缶ビールを開けたときのことだった。
突然、けたたましく玄関のドアが叩かれた。
「……なに……?」
立ち上がりかけた未来を、「待ってください」と陸が制した。
そのままふたりで、玄関ドアを息を殺して眺めていると、「小島!ここにいることはわかってんだよ、出てこい!」と、きいたことのない男のだみ声がドア越しに流れこんでくる。
その間にも、ドアを叩きつける音はやまない。
「……誰?」
未来が不安げに呟くと、「しっ」と陸が唇の前に人差し指を立てて未来の腕をぎゅっとつかんだ。
陸は、ガタガタと小刻みに震え、涙目になっている。
「小島!出てこいや!返済期限は過ぎてんだよ!金返せ!」
別の男の野太い怒声がドアに叩きつけられる。
どうやら、謎の乱入者はふたりいるらしい。
どうしよう、と考えるまえに、未来の体は動いていた。
震える陸の肩に優しく触れると、「お風呂場に隠れてて」とささやき、促されるまま陸が姿を消すと、意を決して立ち上がる。
ゆっくりドアを開けると、想像した通りの、いかつい顔にガタイのいい中年の男ふたりが、未来を見下ろしていた。
カタギには、もちろんみえない。
借金取り。
ドラマや映画でみるステレオタイプの。
借金取りなんて、架空の職業に近いほど縁がなかったし、当然実物も初めてみた。
だから、どう対処していいのかすらもわからない。
ぐっと、腹に力を入れて未来は男たちに相対する。
「どちらさまですか?この部屋には私しかいませんよ」
未来は体をずらし、狭い部屋の中に他に誰もいないことを示すようにして、努めて冷静に対応する。
「ああ?誰だお前?小島の女か?やつがこの部屋にいることはわかってんだよ、早く出せ。
それとも、お前が払うか、その体で?」
「女にかばわれやがって。小島!500万、全額返すまで何度でも来るからな、覚悟しとけ!」
「近所迷惑です、帰ってください!」
ひったくるようにドアのノブをつかむと、未来は強引に玄関ドアを閉めた。
男たちは、まだなにやら叫んでいる。
思わず耳をふさいだ未来の足は震えていた。
10月27日(金) 定食屋にて
「いや〜、本物の借金取りなんて初めてみたよ。いるんだね、本当に。ドラマなんかでみたままだったよ。さすがに怖くて足震えちゃった」
『なにを呑気なことを……。で、借金の理由は?』
「妹さんの病気の手術代だって」
『妹の手術代を闇金から……?
アンタ、信じたわけじゃないでしょうね?』
「信じたよ。信じる以外なにがあるの。今度妹さんのお見舞いに行く約束もした」
『へえ。その妹の入院先は?名前は?病名は?』
「う……そんな矢継ぎ早にきかないでよ。借金取りに居場所がバレたことで陸が少し混乱してて、落ち着いてから、ゆっくりきくつもり」
『行くあてがないってのは、つまり借金取りに追われて姿を隠す場所を探してたってことだったわけね。
500万の借金がある男と結婚するとかいってたの、アンタ。
大学生がそんな大金どうやって返すっていうのよ。
だいたい、親は?他の家族はいないの?』
「……それも、落ち着いてから……」
『ねえ、悪いことはいわない。今のうちに別れなさい。
だっておかしいわよ、その話。嘘に決まってるわ。
だいたい、普通病気の手術代を闇金から借りる?どうして取り立てが親じゃなくて兄である陸のところにくるのよ。
返せるわけないじゃない、働いてもいない大学生に』
「それは、そうだけど……。でも、ちょっとだけでも陸が身の上話してくれただけで嬉しいっていうか。何年かかっても、一緒に返済しようって気になったっていうか……。だって妹さん、手術に500万も必要な大変な病気なんだよ。応援したくなるのは自然でしょ。早く良くなって、陸が逃げ回る生活から解放されるまで、私は彼の味方でいるつもりだよ」
街中で偶然陸をみかけたあの日。
彼がパチンコ店に行っていたことに衝撃を覚えただけであの日の出来事は未来のなかで完結していたが、どこに行ったのかきかれ、確かに陸は「病院に見舞いに」行ったといっていた。
あれは、真実だったのかもしれないと、今では思う。
そばにいれば、ひとつひとつ、ゆっくりではあるが、陸のことを知っていけるかもしれない。
やがては互いのことを深く信じ合う、本当の意味で信頼で結ばれた恋人同士になれるかもしれないではないか。
『はああーーっ』
チカが大きく息を吸った。
来る。未来は身構える。
『アンタって本当馬鹿!騙されてるに決まってるでしょうが!なんでそんなことがわからないのよ。なんでそんなに理解力がないの。なんでそんなに危機感がないのよ!
男に盗聴器つけられたアホ女は誰?ストーカーに殺されかけた女は誰よ?
あのね、好きな相手のなにもかもを許すのが、純愛ってわけじゃないのよ。そこからして アンタは間違ってる。 とにかく、陸は怪しい!信じるだの受け入れるだの、耳に優しい言葉で矛盾を隠して自分を誤魔化してるだけ。
本当は、アンタだって陸に対しておかしいと思うところ、あるでしょ?
それに目をつぶることこそ危険な行為なの。わかるでしょ?アンタは利用されてるだけ。
働かなくても、タダ飯食わしてくれる便利な女。ヒモにとってアンタは理想の金のなる木なのよ。
闇金に顔まで割れて、陸と一緒に始末されても知らないからね』
「お、おどかさないでよ」
『おどしてない。現実をみろっていってんの。なにかあってからじゃ、遅いんだからね。
死んで後悔しても、誰も同情してくれないんだから』
「……やっぱり、怪しい、のかなあ?」
『グレーゾーンどころの話じゃないわね。真っ黒よ、真っ黒。
好きになったくらいで、アンタまで借金返済に協力させられて、貧乏クジ引く必要はない。お金は自分のために使いなさい。
男はいくらでもいるけど、お金はなくなったら終わり。貴重な財産よ。この歳になったら、誰も助けてくれないんだから。そろそろ自分の身を一番に考えることを覚えたら。男か一番、なんて考え時代遅れよ。自立しなさい』
「……どうしてチカの説法はこうも胸にグサッと刺さるんだろうね」
『真実しかいってないからでしょ』
チカは平然とカツ丼を咀嚼している。
『イライラしてると、つい食べちゃうわ。
太ったらアンタのせいだからね』
「うん、私の唐揚げひとつあげる」
『あら、ありがと』
チカは、唐揚げを箸でつまむと、口に放りこんだ。
チカは、友人である未来を、心から心配してくれている。
だからこそ辛らつな言葉で暴走する未来のブレーキになろうとしてくれているのだ。
それは、わかる。理解しているつもりだ。
でも、恋する気持ちは、チカであっても止められない。
私、やっぱり恋に恋する病気なのかな。
チカに、陸が『クズ』でないと証明するために、彼のことを少し調べてみよう、未来はそう決意した。
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