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 父が見上げる先に視線をあわせると、古城医療機器株式会社と白地に紺色の文字で社名が書かれた看板が屋上に掲げてあるから、勤務先には間違いないだろうけれど……。 看板もどれほど時間が経過しているだろうか、古ぼけている。 たぶん、社名のロゴに使ったペンキが風雨にさらされたせいかもしれないが、背景になっている白地のプレートへとにじんでしまい、錆みたいな赤い縁取りが浮かび上がっていた。 プレート四隅が錆びていて、安っぽさに拍車をかけている。  失礼だとはわかっているけれども、あまり景気がよさそうな会社には見えない。朱音が言っていた、日替わりで豪華なランチが食べられて、デザートは取り放題だという豪華な社員食堂があるかどうかも怪しいし、食堂自体があるかどうかも疑わしい。  でもまあ周囲を見渡すと、道路を挟んで向かい側にはコンビニや弁当屋、ドラッグストアなどがあるから利便性はある。  細い路地に目をやれば、猫が道の真ん中で堂々と寝転がっていたり、ペットよけにしている水の入ったボトルで暖をとったりしていて、人の息づかいがすぐに聞こえてくる風景が顔をのぞかせてくるから、不謹慎にもほっこりとさせられる。  区役所付近もそれなりにラーメン屋だとか古ぼけた食堂とかはあるけれども、駐車場が広いし、植え込みで囲んでいるからか、ここまで生活感がある空気とは密接していないから逆に新鮮だ。  でも、私は雇止めに加えて短期バイトもして、ようやく今の勤務先に落ち着いているから、スタートはやっぱり、朱音とは違う。  現実を見れば見るほど、悔しくなる。  千代田線で乗り換えなしに通えるからと、朱音はこの会社を選んだらしいが、新卒なら誰でも通る道であるエントリーシートを企業へ提出したり、説明会に参加したり、試験を受けるなどの課程を経験はしていない。
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