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非正規じゃないからって朱音は待遇についてもしつこくつついて見下して、やっぱり私のほうが勝っていると言っていたけれど、嘘つきよりはましだ。
なんて、朱音の真似をして、子供みたいなマウンティングを密かに心の中で行い、私は陳腐な優越感を抱く。
大きくしすぎたウソを、果たして朱音は帰宅したときに、どうごまかそうとするだろうか。できるなら動画に撮影して、職場にでも送ってやりたい。味わったことがない恥をかいて、自爆して、私にしてきたことと同じように、指をさして笑われてほしい。やり返したい。
住所だとここなんだけどなあ、と言った父の声で私は現実に自分を引き戻し、肩にかけていた新卒の頃からずっと使っている黒いビジネスバッグからハンカチを取り出して、額に浮かぶ汗を拭う。
調子に乗って、緩やかな坂をスタスタと早歩きしたせいか今頃になって息切れし、紺色のパンツスーツの下に着ているブラウスが汗をかいたせいで背中に、腕にぺったりと貼り付いた。
父の背中も、チャコールグレーのジャケットが、背中だけじんわりと色濃くなっている。私に合わせて歩いたから、息切れしていて苦しそうだ。
ほっそりしている割には体力があるほうだからと思い込んでいたけれど、年齢を重ねたゆえに無理ができなくなっていることは間違いない。本人は若いつもりだろうが、身体は顕著にありのままを見せつける。
「すいません、通りまーす」
「あ、これは失礼」
「うっす」
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