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視点を目の前の彼に戻す。
大都会・東京で人に会わないので、彼も大げさに明るく話すのだ。
これが今の状況で、正気を保つための手段だ。
「よーし、お疲れさん。お、ずいぶん大柄な兄ちゃんだな」
「……ありがとうございます。ここが、東京ですか?」
「あぁ、たぶん東京のどこかだろうな。えーと、地図地図。うーんと計算上は、2週間前に、水没した渋谷のはずれだ」
「そうですか。渋谷のはずれ。俺の目は、間違っていなかったんですね」
一旦、彼も警戒を解いたらしい。それか環境的に、手元が見えにくいのかもしれない。
帽子の上にゴーグルを外した、若干の幼さが残る薄い青色の瞳の軍人さんは、大きなポケットをゴソゴソと探して旅行地図を取り出した。
当然ながら、今、現代の通信機器は壊滅状態なのだろう。
非常時通話は回線が殺到して、完全に停止していると思う。
人間の心理なのかもしれないけど、SOSを送り続けていた時の俺も生死の前では、通信の停止なんて信じられなかった。
でも、現実に文明崩壊が起きているんだ。
震災のせいで、こんなレトロな紙地図が頼りの世の中に逆戻りしていた。
非日常状態な俺は、軍人の彼の答えで完全に安心したわけではない。
不安と驚きと少しの希望が混じっている。宙ぶらりんな気持ちだ。
発狂せずにいられたのは、俺は自衛軍の予備役で、今は看護学生の身だからかもしれない。
この頼りないアイデンティティが俺を生かしていた。
それでも日本にいる一般の人より技能や知識があるだけで、アメリカの軍人ほど俺は非常事態に慣れていない。
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