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俺の口は辛うじて動くけど、まともでないことを話している気がする。
立ち上がろうとすると、膝が笑っていた。長時間、慣れない被災地を歩いたからだ。
今更、恐怖に震える手で十字架の首飾りを俺は付け直す。
こんなに考えた末に、俺も正気でないと思う。
あまりにも俺の知る世界と耳に入ってくる情報が不一致で、いつまでも不安が消えないからだ。
灰色の粉塵で視界が悪い。太陽の光が埃で届かない。
それでも、なんとか俺の目が慣れたのか、異常な世界は少し見えてきた。
崩れて傾いた建物、むき出しの金属、真っ黒になった放置車両、見えるだけでもたくさんの道路の地割れ、あれほどの大震災後だからか他人の気配はない。
やはり……ここが、東京なのか。
焦点の合わない灰色の瞳で、死の臭いが漂う街の廃墟を俺は眺めていた。
「兄ちゃん、名前なんていうの? あぁ、警戒しないで。今後、呼ぶとき困るじゃんか」
「東雲一稀です。予備役で看護学生です」
「俺はキール・トッシュ特務曹長。琉球基地から来た」
唐突に、軍人さんが俺に声をかける。
俺は一瞬、飼い主を失った犬のような目で彼を見た。正直に怯えがあった。
彼からすると、ただの挨拶のようだった。それ以上も以下もない。
それに俺は気づくと、少し警戒を解いて口を開いた。
「琉球県からですか? ありがとうございます!」
「うーん、違う。琉球国からだ。未来では、京浜大震災は起こるべくして起きた歴史なんだ」
はい? 未来から来ただって!?
やはり俺は、穴に落ちて頭を打ったのだろうか。キールという軍人は、琉球県でなく琉球国出身と話す。
未来では、日本から琉球が独立せざるを得ないことになったのか?
彼は帽子からゴーグルを下ろしながら、何でもないかのように話した。
「うーんと、どこから説明しようか。その前に、ちょっと化け物がお出ましだ。駆除してから説明するから、そこから動かず待ってろ」
遠目では軍人たちが、俺たちに向かって助けに来てくれるように見えた。
でも、黒く崩れ落ちた異形なのだ。
例えるなら、ゾンビが3体ほど這いずっている。
もはや人間でない何かが俺たちに迫っていた。
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