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どうする? 逃げるか? 奴らと戦うには倒すための情報がない。
すると、キールは武器を構えて、淡々と話した。
「あー、かわいそうに。発症しちまった怪物だな。コアを破壊して楽にしてやるよ!」
目の前にすると気味が悪い。
這いずるゾンビのような軍人の亡骸たち。
俺は黒い血の記憶を思い出して、早まる心臓の鼓動で息がつまりそうだった。
京浜大震災の被災地では、未知の感染症が流行っていた。
心臓を赤く結晶化したコアを残して、身体が手足から黒く溶けていく。
人間でない異形の者になってしまう恐怖の感染症だ。
「……」
未来軍人のキールは武器のワイヤーナイフで、クリーチャーのドロドロした手足をまず切り落とした。
亡者たちを殺すことに感情はないようだ。
接近してコアと呼んだ赤い塊を叩ききった。それを3体分。
処理には、俺の感覚で15分もかかっていない。
「キールさん、殺すしかなかったのでしょうか」
「そうだ。未来でも、ああなった奴を救う術はない。救おうとすると、自分が感染者になってしまう。恐らく……看護学生なら、お前はそれをたくさん見てきただろう」
「消えゆく命の前に、俺らは無力なんですか!」
高崎の被災者救護センターでのことだった。
俺より先に仙台の看護大から救護へ入っていた同級生たちは、黒い血を吐き、黒い涙を流して、みんな死んでしまった。
それに隔離部屋では、黒く溶けた人型の何かがあった。
通りかかった衛生兵が、処理に困るとぼやいていた。
増え続ける感染者の亡骸は、そんな扱いだった。
自衛軍から出向してきた叔父さんが、俺を叱咤激励しても、一度、壊れた心はなかなか動かなかった。
そうだった。俺は感染したらどうなるか知っていた。
ただ今は、思い出したくなかったんだ。
あれ……、なんだっけ。
叔父さんがあの後、何か言っていたはず。
それで、俺は東京に来たんだっけ。
心の鍵がはずれて出てきた俺の記憶の断片と、キールがなだめるタイミングが重なった。
「イツキ、落ち着け。落ち着いて、ポケットに入っているクッキーを食え」
「なんで分かるんですか! 未来人の特権ですか!」
死から意識を逸らすこと。生のためにするべきこと。
軍人なら今を生きることに全力を注げ、とは、かつて俺も指導官から言われている。
だから、キールは軍人らしく、俺を落ち着かせようとしただけだ。
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