第1話 京浜大震災後、東京都渋谷区のはずれ

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 どうする? 逃げるか? 奴らと戦うには倒すための情報がない。  すると、キールは武器を構えて、淡々と話した。 「あー、かわいそうに。発症しちまった怪物(クリーチャー)だな。コアを破壊して楽にしてやるよ!」  目の前にすると気味が悪い。  這いずるゾンビのような軍人の亡骸たち。  俺は黒い血の記憶を思い出して、早まる心臓の鼓動で息がつまりそうだった。  京浜大震災の被災地では、未知の感染症が流行っていた。  心臓を赤く結晶化したコアを残して、身体が手足から黒く溶けていく。  人間でない異形の者になってしまう恐怖の感染症だ。 「……」  未来軍人のキールは武器のワイヤーナイフで、クリーチャーのドロドロした手足をまず切り落とした。  亡者たちを殺すことに感情はないようだ。  接近してコアと呼んだ赤い塊を叩ききった。それを3体分。  処理には、俺の感覚で15分もかかっていない。 「キールさん、殺すしかなかったのでしょうか」 「そうだ。未来でも、ああなった奴を救う術はない。救おうとすると、自分が感染者になってしまう。恐らく……看護学生なら、お前はそれをたくさん見てきただろう」 「消えゆく命の前に、俺らは無力なんですか!」  高崎の被災者救護センターでのことだった。  俺より先に仙台の看護大から救護へ入っていた同級生たちは、黒い血を吐き、黒い涙を流して、みんな死んでしまった。  それに隔離部屋では、黒く溶けた人型の何かがあった。  通りかかった衛生兵が、処理に困るとぼやいていた。  増え続ける感染者の亡骸は、そんな扱いだった。  自衛軍から出向してきた叔父さんが、俺を叱咤激励しても、一度、壊れた心はなかなか動かなかった。  そうだった。俺は感染したらどうなるか知っていた。  ただ今は、思い出したくなかったんだ。  あれ……、なんだっけ。  叔父さんがあの後、何か言っていたはず。  それで、俺は東京に来たんだっけ。  心の鍵がはずれて出てきた俺の記憶の断片と、キールがなだめるタイミングが重なった。 「イツキ、落ち着け。落ち着いて、ポケットに入っているクッキーを食え」 「なんで分かるんですか! 未来人の特権ですか!」  死から意識を逸らすこと。生のためにするべきこと。  軍人なら今を生きることに全力を注げ、とは、かつて俺も指導官から言われている。  だから、キールは軍人らしく、俺を落ち着かせようとしただけだ。
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