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「おーい健司、今日は一緒に帰らないのか?」
「ごめん、今日は用事があるんで一人で帰るよ」
僕はそう言って教室から飛び出す。
急いで昇降口に行かないと、彼女に追いつけないぞ。
クラス替えで初めて知った彼女は、クラスの女子たちの中でいつも控えめに笑っている女の子。
他の子たちがアイドルのくだらない話をワァワァと大声で喋ってるのに、一人ウンウンとうなずくだけ。あまり会話に参加しないで一歩ひいている、それが彼女の第一印象だった。
授業中もお昼休みも、僕は時間の許すかぎり彼女を見ていた。彼女を思うと、嫌な授業の時間でも心がポカポカしてくるんだ。もう、彼女から目が離せない自分をどうして良いのか、わからない。
当然のように、彼女が帰宅する時には後をつける。わかってます、それは完全にストーカーの一歩手前の挙動であると。でも、どうしても我慢できずに、彼女の後ろを隠れるように歩く。
でも結局、いつも途中で逃げられてしまうんだ。いつのまにか彼女は僕の視線の先からいなくなる。もしかしたら彼女は、僕が後をつけているのに気がついているのかも。
今日こそ逃げられないように僕は足を速める。もうこうなったら彼女に見つかっても良いや、そんな思いが強くなる。
あ、いつものかどを曲がった。僕は大急ぎで同じ場所を曲がる。
* * *
──やはり逃げられたか。
彼女は、もうその道を歩いてはいなかった。
そこを歩いていたのは、長い髪をなびかせて前を向き颯爽と歩く、バリバリお仕事が出来そうな年上の女性。
僕が後をつけていたのは、三つ編みメガネで、道端に咲く草を愛でるように下を向いて歩く女性のはずなのに。
今日もダメだったか。
あきらめて帰ろうとした時だった。年上のお姉さんの袖が鈍く光った。
アレは銀の鎖で出来たブレスレット。いつも彼女が着けている、あのアクセサリーにソックリだ。おばあちゃんの形見だとクラスメートに説明していた、若い女の子には似合わない、使い込んで少し黒ずんでいる銀のブレスレット。
考えてる暇はない、もしかしたら僕の前をズンズンと歩いているお姉さんは、あの彼女が化けた姿なのか?
あんなアクセサリー、誰もがしてるわけじゃない。僕は一縷の望みをたくしてお姉さんの後をつける。
教室で大人しそうに笑っているあの子が、カドを曲がって見えなくなった瞬間に、風を切るように歩くお仕事バリバリ出来そうなお姉さんに化ける。そんなことってありえるのか、そもそも着てる服だって学校の制服じゃないし。
僕の頭は混乱していた。でも、お姉さんがしているブレスレットは彼女のものに違いない。それだけは自信をもって言える。根拠はないけど、僕の心がそう叫んでる。
とにかく後をつけていけば、真実は明らかになるだろう。そんな想いを胸にして僕はお姉さんの後を追い続ける。
お姉さんは、次のかどを曲がった。僕は大急ぎで向かうと、かどを曲がる。
* * *
そこには、もう、お姉さんはいなかった。
長い髪をまとめてバンスクリップで頭の上に留めている、買い物帰りのおばさんが家路に向かって急ぐ。そんな風景が、かどを曲がった僕の目の前に広がる。
お姉さん、僕の追跡に気がついてダッシュで逃げたのか?
そんな風に考えて、心が折れそうになった僕の目に飛び込んできたのは、銀の鎖のブレスレット。そう。買い物帰りのおばさんの袖から見えるのは、あのブレスレットだ。
まさか、あのバリバリ仕事が出来そうなお姉さんは、今度は買い物帰りのおばさんに化けた? だって買い物かごなんかお姉さん持ってなかったし。人間だけじゃなくて、ビジネスバッグが買い物カゴに化けたのか?
よーし。こうなったら、最後まで諦めないぞ。
彼女が次に何に化けようが、ブレスレットを頼りにして僕は彼女の家までついて行くんだ。そして、この不思議な現象に終止符を打ってやる。
買い物帰りのおばさんは、次のかどを曲がった。
僕も大急ぎで追いかけるようにして、かどを曲がった。
そう、僕は見逃していたんだ。
おばさんがかどを曲がる時、ニヤリと笑うのを。まるで、罠にハマった仔羊を憐れむかのように。
* * *
「おはようー健司、昨日はどこ行ってたんだ」
「ああ、ちょっとな」
健司は、友達を避けるように自分の席につく。
そんな彼の腕には、銀の鎖のブレスレットが。
銀のブレスレットは、誰かが彼に化けているのを表すように、鈍く輝いていた。
(了)
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