第4話 雨季に香る赤い花の謎を追え!

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【解決編】  望郷のハチ公像と秋田犬会館の傍らを通り過ぎて、私はホームズさんを石田ローズガーデンへ連れて来た。  このバラ園は、元々、国会議員の石田博英(いしだひろひで)氏の私邸であった。 その後、平成7年(1995年)に、大館市へ石田氏の遺族からバラ園が寄贈されている。  最近になって、石畳の階段や順路が整備されて、バラ園内の散策も快適になっている。  カップルや女友達同士、子連れの家族やカメラ趣味の人など、来園者は様々だ。  面積2300平方メートル、約500本のバラが植栽されている。  ちゃんと花の下の看板を見ると、イギリス、フランス、ドイツ、日本、中国、アメリカ、色々な国のバラの花たちが集まっていた。  オーソドックスな形の欧米のバラ、日本や中国の小柄なバラの群集。  東洋のバラは、素朴さや可憐さが際立つ。  何ていうか、可愛らしい小さな花たちを守ってあげたくなる。  一方、西洋のバラたちは、結構見た目もこだわりを感じる。  模様、色合い、花弁のバランス。美という概念が強く主張する。  まるで、ファッションモデルさんの世界大会のようだった。  甘い匂いが乙女心をくすぐる。私たちは、夢のような景色の中にいる。  まるで、バラに包まれているようで、心を満たしてくれた。  ホームズさんは満面の笑みで、iPhoneのカメラ機能で写真を収めていく。  ふと、彼女の視線が止まる。また私の目の奥を覗き込んでいたのかもしれない。  青い瞳、長い金髪、色白のエルフさんが、バラ園に馴染んでいる。  いつも私の目を綺麗と言う、彼女の方がより綺麗だ。  私の方が素敵な景色を見せてもらっている気がする。  昂るままに、私は彼女へお礼を述べた。 「ありがとッ!」 「うん? ソナタ君は、何で改まったのかな?」 「硬い話じゃ()ぇばって……。私とミヒロの仲直りのお礼がしてがったんで……。それど、ホームズさんには休まねばなんねぇと思ってだ」 「あぁ、バラの棘は取れたようだね。イギリスでは、戦いが終わり、1つの国になる象徴がバラさ。仲直りが出来て何よりだ」  15世紀、イギリスであったバラ戦争。  それは、白いバラの家紋のヨーク家と、赤いバラの家紋のランカスター家の戦いだ。  ホームズさんが言った比喩の通り、戦いの当事者たちは和解したのだ。    良い雰囲気になってきて、私は強気に出たくなった。  彼女を名前で呼びたい。  いつまでも、ホームズさんとファーストネーム呼びは、ちょっと距離を感じるからだ。  顔がどんどん赤くなってきて、もじもじと手と手を合わせてしまう。 「あの……れ……」 「では、ソナタ君は、私にバラを何本くれるのかな?」 「え……っと、12本」 「え……」  話し出すタイミングが、ホームズさんと被ってしまった。  ホームズさんの方が早く口を開いた。ただ、バラの花束がほしかった……訳ではないのだ。  この時の私はちょっと混乱していた。  チョコレートの箱は12個で1ダースだから、お菓子を贈る感覚で答えた。  ホームズさんの名前を、私のクラスメイトたちのように呼ぼうと、必死になり過ぎていた。  12本のバラ言葉の意味を深く考えていなかった。  バラの花言葉は、【愛】だ。  ヨーロッパに昔からある文化で、12本のバラ=『ダズンローズ』である。  その1本1本の花に意味があり、生涯の伴侶へ贈るのだ。 【愛情】【情熱】【幸福】【信頼】【真実】【希望】 【努力】【永遠】【感謝】【尊敬】【誠実】【栄光】  これらの12の誓いに対して、全てを誓うという意味だ。  ご察しの通り、プロポーズの行為である。    ホームズさんは、一瞬で茹でダコのように真っ赤に顔を染めた。  何か不味いスイッチを押してしまったと、私は察して、気まずい顔を向けた。  ややあって、真顔になった探偵エルフさんがひねり出した真実は、私にとって意外な結末だった。 「私は今年で64歳なのだが……君は……こんな私でいいのかい?」 「大丈夫」  間に合っていますので不要です、の意味で「大丈夫」ではない。  無論、受け入れるのが問題ない、の意味で「大丈夫」でもない。  心配で「大丈夫?」と尋ねる口調になっていた。  今、ホームズさんが苦しみながら口にした言葉に、あの試験の日の窓に映る彼女の憂い表情が重なっていた。 『怒りや憎しみを覚えるほど、他人に不当な扱いを受けたと思っている。明らかに、相手を許すことで、自分の未来が開けるのは分かっている。なのに……許せない自分がいる』  人間より4倍長生きの反面、4倍身体が弱いと一般的に言われるエルフ属だ。  64歳を4で割ったら、人間年齢の換算で16歳となる。  つまり、早々に人間が成人を迎えても、まだエルフは子供のままである。  成長しないエルフを、人間の方が勝手に嫌いになる。  エルフにとっては、不当な扱いだろう。  その上で、なお選んでくれるのか、と私に聞いたのだ。  虚弱な彼女なりに出来る限りだったようだ。  探偵エルフの役柄を放棄した彼女の姿を、私は初めて知った上で心配になった。  彼女の心に刺さるバラの棘は、今度は私が優しく抜いてあげなければならない。  恵みの雨によって、香り立つバラの赤い花の良さが、棘だけの難点で分からないならば、私は美しいものを見ているはずの我が目の見え方を疑うべきだ。  私の事件を解決してもらったのに、ホームズさんの事件はまだ解決していない。
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