第4話 雨季に香る赤い花の謎を追え!

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【推理編】 「おはよう。身体、大丈夫だが?」 「あぁ、いつの間にか寝てしまったらしい。ソナタ君には迷惑をかけてしまった。すまない。だけども、今は調子良いようだ」  朝起きたら、寝込んだホームズさんは、すでに昨日を忘れて平然としていた。  このまま突っ走ったら、探偵エルフさんは厄介事を抱え続けるだけで、彼女自身に見える成果がない状態になる。  それじゃあ、人生が楽しくない。昨日まで悩んでいた私が言うことかは置いておいて。  1つ、私の中での区切りがついたことを、ホームズさんにちゃんと私の口から伝える。  ありがとう、と感謝を直接言う。ここ、とても大事だ。  用事が前日に終わったのに、終わっていない日と、私は今日をそう捉えた。  ならば、もう終わった、と2人の共通認識にしてしまおう。  幸い今日は、土曜日だった。  やるべきことが分かっている私なら早い。  朝ごはんは、市販のヨーグルトの小カップ1杯と、これまた市販のスムージーを小さいので1パック。  手早くお腹へ入れた。  片づけも早々に、ホームズさんへ告げた。 「あべ、行ぐど!」 「どこへ?」  キョトンとしているホームズさんを、強制的に私服へ着替えさせた。  いつものようにホームズさんから私ではなく、今日は私から彼女を、雨が降る大館の町中へ連れ出したのだ。  弱っている人にとって、日本の6月は優しくない。  高い湿度、少し肌寒い気温、鬱陶しい季節。ただ幸いなことに、雨は少し弱い。 傘をさす手に、少しだけ力が入る。  今日はマイナスな感情に浸りたくない気分だから、少し反抗的に行くぞ。  田町(たまち)の坂は跨ぐだけ、そして川原町(かわらまち)方面へ、私たちは傘を手に歩く。  iPhoneを片手に、ホームズさんは、不思議そうに首を横へ傾げた。  その視線は私へ何かを訴える。 「田町(たまち)の坂を越えて、川原町(かわらまち)……ん、何か、変だが?」 「いや、ソナタ君、存在しない地名を言われても、大館ビギナーには分からないのだよ」 「あー、今だば()ぇ地名だべなぁ」 「ほう、いつの時代の地名だい。田町(たまち)川原町(かわらまち)」 「元々だば……羽州(うしゅう)街道沿いの町人が住む町だっけが。江戸時代かもしれねぇなぁ」 「えど……? 徳川将軍(とくがわしょーぐん)江戸(えど)のことかい?」 「んだんだ」  江戸時代には、参勤交代という江戸へ大名が赴く制度があった。そのためもあって、東北地方にもいくつか街道が整備された。  1つは、関東→福島→宮城→岩手→青森方面の、奥州(おうしゅう)街道。 仙台藩(せんだいはん)盛岡藩(もりおかはん)などが通っている。  ちなみに、『みちのく』とは、だいたいがこっちの範囲をさす。  もう1つが出羽(でわ)ルートを含む、関東→福島→山形→秋田→青森方面の羽州(うしゅう)街道。  山形藩(やまがたはん)久保田藩(くぼたはん)弘前藩(ひろさきはん)などが通っている。  ちなみに、出羽国(でわのくに)とは旧国名、今の秋田県と山形県の大部分、越国の北部に突出した出端(いではし)という説がある。  それと、久保田藩と秋田藩は同じと私は思うが、主城や昔からの呼称など複合的な問題で、明治時代になっても度々、呼称変更が繰り返された経緯がある。  私は自分で説明して、歴史的に難しいことをさらっと言っているのだと、生まれて初めて自覚した。  出羽国を語ると平安時代より前の話だし、秋田の呼び方に関すると明治時代までもつれこんでいる。  ホームズさんに分かるのか……?  私はそーっと彼女の顔を覗き込んだ。 「はっはっは。歴史的に複雑な統合は、ユナイテッドキングダム、略してユーケーと同じさ」 「イギリス?」 「ユーケーの首都ロンドンは、イングランドにある。何だか日本のイギリス呼びはしっくり来ないんだよなぁ」 「んだのが! えぎりす、正式名称でねぇのー?」 「まぁ、私はイングランド人だから気にしないが……。北アイルランド、スコットランド、ウェールズ、イングランドがブリテン諸島にあって、関係国と一緒に『グレートブリテン及び北アイルランド連合王国』を構成している。ユナイテッドキングダムは、日本語呼びでは連合王国だね」 「日本が、良い塩梅(えあんべ)に呼んでだとは……」 「向こう住みの人でも、東アジアで日本の位置を正確に分からない人もいるかもしれない。そこはお互い様だ」  なるほど。  私はあまり深く考えていなかった。そこは反省だ。  ただ正確な地図の話は、ポルトガルの宣教師さんたち、伊能忠敬(いのうただたか)や、現代の国土地理院に任せようと思う。  思ったよりも、ホームズさんは地図を気にしていないようだ。  たぶん、自分の目で見た方が早い、と言いそうな感じがあった。 「うんうん。ソナタ君が考えている通りだ」 「私の心を覗いだのが……()ぐ分がったな……」 「それは私の方からも言いたい台詞だね」  ホームズさんのことが私も少し分かって来た。  逆の立場では、私のことをホームズさんも分かっているのだろう。  お互いの思考が読めるくらい単純に、台詞が顔に書いてあるのだろうか。  雨の道は、国道7号線に入る。桂城公園(けいじょうこうえん)に方面に向かう、緩い上り坂になってきた。  目的地で開催されている祭りの看板が立っていて、ホームズさんは目の色を変えた。  驚いた目になったが、クスクスと目を細めて笑い出した。 「ソナタ君、気が利くね。大館バラまつり、いいね♪」 「たまたま、()べでだんだって」  大館バラまつり。  6月の梅雨時期、大館市内の石田ローズガーデンでは、バラまつり期間なのだ。  大潟村(おおがたむら)に行ったとき、『私は花が見たい』と言っていたのは、どこの探偵エルフさんだろうか。  私は、偶々覚えていただけだ。本当に、偶々だから!  わざとツーンとした表情をとり、また歩き出す私。  その後をホームズさんは、嬉しいオーラを出しながらスキップして、ついて来た。
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