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第5話 酷暑あきたネバトロうどんの謎を追え!
【事件編】
春と梅雨と夏と秋と。
最近、全世界というか、私の住む秋田県の四季の移り変わりが忙しない。
秋田県でも沿岸と内陸に気象では分かれることもある。
私の住む秋田県大館市は、内陸で山々に居住区が囲まれた、盆地型の気候だ。
春夏秋冬で影響を受けるのは、夏と冬。夏は湿度が高く高温で不快指数大、冬はどかどかと降る湿った雪が多く困る。
あー、春ってこんなに短いっけ。そして、梅雨とも夏とも思えない異常な季節に突入していた。
梅雨明け宣言が、各地方でまちまちな出方をしていた。
東北北部は取り残されたように、梅雨明けせず、今年も7月下旬を迎えた。
そんな中でも、高校生活は日刻みで行事が発生していた。
高校総体、学校祭、そして前期末試験。
貧弱もやしっ娘エルフのホームズさんが耐えられる訳もなく、夏休みに入ったばかりの今日のヤナギ家の屋敷中、彼女は寝込んでいた。
かと言って、私は高校の夏期講習で登校日だ。
今日の天気、窓を全開に出来ない梅雨と夏のハイブリッドか。
わずかな休み時間。
休みのホームズさんの席に、振り返る形で座り込んだ旧友のミヒロは怖い目つきで、通常の正面向きに座ってプリント整理をしていた私を、睨んだ。
大股で暑さにグレて座るミヒロは、とにかく何か物申したいらしい。
別に私は、もう怒らないのだけど……。
春の一件から、この旧友にも許可待ち時間が発生している。面倒くさいけど、律義な旧友に応えるのも、私の役目だ。
「そんた目して、なした?」
「あーつーいーッ! レナっこがいないと、張り合いがないッ! それこそ、レナっこは、どうしたんだよッ!?」
「病んで寝でら……」
「へぇ、レナっこがねぇ……えぇ、病んでんのッ?!」
椅子が新喜劇のように、旧友ミヒロは倒れそうになった。それでもギリギリ転ばずに、踏ん張れるのがミヒロだ。体幹のバランスは良い方、ただし体力は少ない。
ミヒロの性格上、噂話はあまり信用しない。一番近くにいる私の口から出た情報が真実なのだ。とても義理堅い姉御肌だ。
私が冷静な分析をしていると、旧友の方がまともな心配事を口にした。
「花が綺麗に咲く時期なのに、もったいねぇことだ……」
「へぇ、おめが花、愛んけがるの?」
「あたしじゃないって。そういう趣味はレナっこ。それと、ソナも好きだろうが、花見……いや、団子の方?」
「ホームズさんも、私も、花見好きだなー。おもへぇ話っこだ、あはは」
何だか、私は嫌な既視感がしていた。また上手く笑えないのだ。
ミヒロは流石に気づいた。2度目の修正力と対応力は、旧友の方があるようだ。
不安そうな目だけど、まっすぐに私を見つめる。
「ソナ、ミーを頼んなよ。今日の講習終わったら、家に寄ってきな」
「うーん? うん、分がった」
「レナっこに、あたしからお礼。それと、ついでにお前の食い意地を満たす方法がある。ただし、条件もある」
「ん、条件?」
「うちの爺さん、雪沢の『じゅんさい』を貰って来たのは良いけど、あたしの料理力じゃ持て余すのさ」
「あー、『じゅんさい』。おもへぇ食材かもー」
両親が訳あっていないミヒロは、祖父と雪沢地区に同居している。
中学校に入る直前まで、学区がなかなか決まらなかった。結局、私たちは別々の中学校に進学したのだけど。
まぁ、それはそれとして。今はまた同じ高校に在籍なのだ。
現状、ドヤ顔シェフ・ミヒロの料理力じゃ、『じゅんさい』という食材は活かせないだろう。
『じゅんさい』は、ハゴロモモ科の水生植物。もっと砕けて言えば、綺麗な沼地でしか育たない貴重食材だ。
北海道や東北の秋田県で、特に有名である。
レンコンに似た育ち方をするのだが、水面がキラキラと緑色に輝くので、別名は水中のエメラルドと呼ばれる。
見た目は、緑の植物がツルツルしたゼリーに覆われた不思議な感じ。食感は、これまたツルツルと美味しい。
因みに、ミヒロの家庭科力は並みより上だ。
『じゅんさい』が貴重なため、あまり家庭で食べることがないので、調理法が分からないということだ。
そこで、私の食い意地、というより料理力なら大丈夫じゃない?という訳だった。
私は高まるテンションを抑えつつ、少し冷静になって、縦の頷きを足した。
ミヒロが発言待機する時間が珍しかった。待つというより、むしろ発言機会を虎視眈々と狙っている段階だった。
旧友は、ちゃんと価値観を取捨選択する性格だ。だから、私が選べずにいる1つの問題の伝え方を迷っているようだ。
相手の名前を呼べていない。
頑張れば、恥ずかしがりやの旧友でも私の名前を呼べるのに。私は、意識的にホームズさんを名前で呼んでいない、という問題がある。
夏期講習後、高校から自転車を2人で走らせた。
雨は止んでいたが、黒く濡れたアスファルトの道が見える。
秋田県道2号大館十和田湖線、通称、樹海ラインは、ずっと田畑と 木々の道で、秋田らしい素朴な場所だ。
私の自宅から少し離れた雪沢地区のミヒロの家に寄った。
そして、旧友は袋を何個か私の自転車籠にぶち込んだ。
「レナっこ、レナっこ、レナっこッ!」
「うるへぇ、馬鹿けッ!」
ホームズさんの名前を叫んで、笑顔のミヒロは私を煽った。とりあえず、私は軽く怒る。
そもそも歪な出会い方をしてしまって、私がホームズさんを特別視している。
それにミヒロは気づいた。そして、今年の春に起きた私とミヒロの喧嘩が引き金になっていることも、旧友が気にする一因なのだ。
ただ私ほど、旧友はホームズさんを特別扱いしなかった。その辺は、価値観の取捨選択が出来る旧友を羨ましいと思った。
私には、越えるべきハードルがまだ高い気がする。不安な顔になっていたのか、旧友は悪戯な笑顔でまた煽った。
「ソナ、ま~たあたしのこと、ミーちゃんって呼ぶかぁ?」
「あーもー、そのミーちゃん、ホントしつけぇッ! でも、ありがとッ!」
「早く帰りなよ。お前は今できることがあんだろう。まずはそれからじゃねぇ?」
「んだなッ! へば、まんつッ!」
「おう」
半分、大声で誤魔化しながら、私はミヒロへの感謝を口にした。
喧嘩から仲直りして良かった。本当に今、助かっている。レ……ホームズさんのおかげだ。
私は自転車のペダルを必死に漕いだ。
些細な問題よりも、梅雨終わりの景色よりも、今できることがある。
風景を見るよりも、その先の景色を見たいから。私は今を懸命に駆けたい。
いずれ今が、ひと夏の思い出に変わるまで。
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