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【解決編】
私が口を開くかどうか迷っていると、探偵エルフさんは察したようだ。
彼女の手の甲が、軽く私のポケットを叩いた。私は、拾った石を再び手に持った。
「もう謙遜は、秋田県民の性質だね。その性を込みでも、石をくれた阿仁の人はユニークだったけど」
「WA ROCK?」
「うん。その石の価値を君は知っているかい?」
「分からねな」
探偵エルフのホームズさんは、大館市の隣り、北秋田市の阿仁に広がっているWAROCKの遊び文化を説明し出した。
この石、ちょっとした子供心くすぐる遊びだ。
WA ROCKのWAは輪や和という意味と、発祥の地パース、つまり西部オーストラリアのWAの意味だ。
はるばる海を越えてやってきた海外の遊び。
「拾った石に絵を描く遊びだ」
「へぇ、面白ぇの?」
「その石を隠して、SNSで報告する。#warock をハッシュタグに使ってな」
「見つけられっぞ」
「むしろ見つかってほしい。発見者は、自分で所有するか、他の場所へ隠す。WAROCKは、どんどん移動していくことになるな」
旅をする石だ。
なるほど、その場に留まるより、動けない石にとっては楽しいのかもしれない。
今の私は、石にも劣るのか。
急に楽しかった表情が、冷めていく感じがした。
私の反応に、ホームズさんは慰めることはせず、貶すこともしなかった。
「石に魅力を覚えるのは、ただの石じゃなくなったからだ。遊びのルールでは、金銭のやりとりはできないが、高い美術的価値がついたわけだ。まぁ、つまり他人の手によって、情報発信されて、石も楽しい存在にチェンジだ」
「……人の意志を持った石さなったが」
「willをもったrock。そのセンス良いね。ついに私は、石に導かれて、ODATEに入った。そして、この公園に置いたら、たまたまソナタ君が拾った。運命的な出会いだと思う」
「私ら運命だって、言いてぇのが? そいだば、出来過ぎだ」
いつまでも彼女の理想論へ付き合うつもりはなかった。
石を手のひらで握りしめて、静かに怒った私は立ちあがった。
すると、芝居がかった笑い声を探偵エルフさんはあげた。
思わず、私は足を止めた。
「ははは。失敬。失敬」
「おめだば、からかって!」
私は声を出して、本気で怒った。
握った石に力が入り過ぎて、立ったままで私のこぶしが震える。
結局、覚えている限りの感情では、驚いて、怪しんで、笑って、悲しんで、泣いて、困って、それから怒った。
今日1日で、4つ以上の感情を出したわけだ。喜怒哀楽を何度も出していて、すげぇこえーの状態。
探偵エルフさんに、踊らされている舞台人形のような気がした。
ただ、このエルフはここぞという時に、真剣な目で絶対に私の目を逃さない。
「申し訳ないが、全くからかっていないよ。これが運命である。WA ROCKが縁石となって、私たちの道をつないだからね」
「車道と歩道に分けだだけじゃねぇが!」
「ソナタ君は、『縁』の字の意味を知っているかい? これは真面目な話だ」
「は? 縁? えん? 境界線の……いんや、分がらね……もっとある」
縁とは。
衣を表す糸+垂れ下がるもの。衣服のふち飾りが、元々の語源。
すなわち、衣服のふちに装飾をめぐらせた状態から、『ふち』や、まつわるという意味になった。
男女の仲を表す『えにし』。2つのつながりを表す『ゆかり』。頼りにする手段や方法の『よすが』。ものの端っこの『へり』。
関係性、つながり、境界線など、たくさんの意味をもつ強力な漢字1字なのだ。
そのことを前提にする。
間違いなく、縁石の意味は、車道と歩道の境界線としての役割を果たす石なのだ。
だが、その境界線は、全てを遮断していない。
私たちは、歩道から車道を横断して別の歩道へ移ることもある。
なるほど、そういうことか。
ホームズさんの言っていることが、思い込みが激しい私にも、何となく分かって来た。
縁石は『区切り』だ。
ただし、文章でいうところの読点『、』であり、道と道を『つないでいる』とも言えてしまう。
違う見方が分かった瞬間だ。
いつも同じものを見ているのに、今は全く違う存在に見えてしまった。
温故知新なのだが、芯から震えるような心地よい気持ちだった
ものすごく複雑だったはずの怒りが、心が満ちていく喜びで、1つ1つ消えて行く。
過去の失敗、今までの不安、これからへの期待。
ずっと秋田にいたことが、ただの石でさえも、今日になって輝いて見える!
背景と化していただけの私の姿を、久々に私は見た気がする。
この瞬間、私の目は生まれ変わったのだ。
新しい私はじめました!
にやけた顔で、私の口が動いていた。
初対面で胡散臭いと思った、金髪碧眼の探偵エルフのホームズさんが、運命の『縁石』を持ってきた。
ということは……探偵エルフさんとの出会いは、私にとって縁起がいいのだ。
私の目を見た、上機嫌の彼女も共感の押し方が強い。
「おめぇさ、つながる価値、私にあったんだ。この縁石だば……しこたまやんべぇな!」
「だろう! 君は君だから良いんだ! おっと失敬! 順番が悪かったか! 運命の出会いについての説明を先にするべきだったな!」
WA ROCKがすごい石なのは分かった。
良く分からないけど、良く分かりたいと思った。
この選択が、きっと現状を良くするんだろうと、感覚的には腑に落ちた。
だから、きっと彼女が次に口にする言葉は、新しい私を始めるには受け入れるべき言葉に違いない。
私はベンチに、また座った。私たちの目線がまた同じに戻った。
「これからどこに行くか、の質問に今さらながら答えよう」
「へば、何とす?」
「ばっけ味噌ライスボールのお礼をソナタ君にするまで、ここに留まろうと思う。ただ、私はODATEには縁者がいない」
「なら、石を持ってら私が、はじめての縁者だ。これ、詭弁じゃねーが? でも……。うーん。まんつ家さ泊まれるかなー。お父さんさ、聞いてみるとすっが」
「ソナタ君、君のおかげで今日も幸せな日だな!」
結局、私が押し切られたのか。
探偵エルフさんは、こうやって詭弁を弄して、他人の良心を掴んで来たのだろうか。
ううん、もう否定するのは止めた。自宅にエルフさん、泊まってもらおう。
私にとって前向きな選択だったと、後になっても思うだろうから。
探偵エルフさん、レナ=ホームズを思うと、この春の日の出会いを今でも思い出す。
やはり私、春が好き。
レナに、そして新しい私にも、出会えたのは春だから。
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