第1話 ばっけ味噌ライスボールの謎を追え!

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【解決編】  私が口を開くかどうか迷っていると、探偵エルフさんは察したようだ。  彼女の手の甲が、軽く私のポケットを叩いた。私は、拾った石を再び手に持った。 「もう謙遜は、秋田県民の性質(たち)だね。その性を込みでも、石をくれた阿仁(あに)の人はユニークだったけど」 「WA ROCK?」 「うん。その石の価値を君は知っているかい?」 「分からねな」  探偵エルフのホームズさんは、大館市の隣り、北秋田市の阿仁(あに)に広がっているWAROCKの遊び文化を説明し出した。  この石、ちょっとした子供心くすぐる遊びだ。  WA ROCKのWAは輪や和という意味と、発祥の地パース、つまり西部(ウエスタン)オーストラリアのWAの意味だ。  はるばる海を越えてやってきた海外の遊び。 「拾った石に絵を描く遊びだ」 「へぇ、面白(おもへ)ぇの?」 「その石を隠して、SNSで報告する。#warock をハッシュタグに使ってな」 「見つけられっぞ」 「むしろ見つかってほしい。発見者は、自分で所有するか、他の場所へ隠す。WAROCKは、どんどん移動していくことになるな」  旅をする石だ。  なるほど、その場に留まるより、動けない石にとっては楽しいのかもしれない。  今の私は、石にも劣るのか。  急に楽しかった表情が、冷めていく感じがした。  私の反応に、ホームズさんは慰めることはせず、貶すこともしなかった。 「石に魅力を覚えるのは、ただの石じゃなくなったからだ。遊びのルールでは、金銭のやりとりはできないが、高い美術的価値がついたわけだ。まぁ、つまり他人の手によって、情報発信されて、石も楽しい存在にチェンジだ」 「……人の意志を持った石さなったが」 「will(ウィル)をもったrock(ロック)。そのセンス良いね。ついに私は、石に導かれて、ODATE(おーだて)に入った。そして、この公園に置いたら、たまたまソナタ君が拾った。運命的な出会いだと思う」 「私ら運命だって、言いてぇのが? そいだば、出来過ぎだ」  いつまでも彼女の理想論へ付き合うつもりはなかった。  石を手のひらで握りしめて、静かに怒った私は立ちあがった。  すると、芝居がかった笑い声を探偵エルフさんはあげた。  思わず、私は足を止めた。 「ははは。失敬。失敬」 「おめだば、からかって!」  私は声を出して、本気で怒った。  握った石に力が入り過ぎて、立ったままで私のこぶしが震える。  結局、覚えている限りの感情では、驚いて、怪しんで、笑って、悲しんで、泣いて、困って、それから怒った。  今日1日で、4つ以上の感情を出したわけだ。喜怒哀楽を何度も出していて、すげぇこえーの状態。  探偵エルフさんに、踊らされている舞台人形のような気がした。  ただ、このエルフはここぞという時に、真剣な目で絶対に私の目を逃さない。 「申し訳ないが、全くからかっていないよ。これが運命である。WA ROCKが縁石となって、私たちの道をつないだからね」 「車道と歩道に分けだだけじゃねぇが!」 「ソナタ君は、『縁』の字の意味を知っているかい? これは真面目な話だ」 「は? 縁? えん? 境界線の……いんや、分がらね……もっとある」 縁とは。 衣を表す糸+垂れ下がるもの。衣服のふち飾りが、元々の語源。 すなわち、衣服のふちに装飾をめぐらせた状態から、『ふち』や、まつわるという意味になった。  男女の仲を表す『えにし』。2つのつながりを表す『ゆかり』。頼りにする手段や方法の『よすが』。ものの端っこの『へり』。  関係性、つながり、境界線など、たくさんの意味をもつ強力な漢字1字なのだ。  そのことを前提にする。  間違いなく、縁石の意味は、車道と歩道の境界線としての役割を果たす石なのだ。  だが、その境界線は、全てを遮断していない。  私たちは、歩道から車道を横断して別の歩道へ移ることもある。  なるほど、そういうことか。  ホームズさんの言っていることが、思い込みが激しい私にも、何となく分かって来た。  縁石は『区切り』だ。  ただし、文章でいうところの読点『、』であり、道と道を『つないでいる』とも言えてしまう。  違う見方が分かった瞬間だ。  いつも同じものを見ているのに、今は全く違う存在に見えてしまった。  温故知新なのだが、芯から震えるような心地よい気持ちだった  ものすごく複雑だったはずの怒りが、心が満ちていく喜びで、1つ1つ消えて行く。  過去の失敗、今までの不安、これからへの期待。  ずっと秋田にいたことが、ただの石でさえも、今日になって輝いて見える!  背景と化していただけの私の姿を、久々に私は見た気がする。  この瞬間、私の目は生まれ変わったのだ。  新しい私はじめました!  にやけた顔で、私の口が動いていた。  初対面で胡散臭いと思った、金髪碧眼の探偵エルフのホームズさんが、運命の『縁石』を持ってきた。  ということは……探偵エルフさんとの出会いは、私にとって縁起がいいのだ。 私の目を見た、上機嫌の彼女も共感の押し方が強い。 「おめぇさ、つながる価値、私にあったんだ。この縁石だば……しこたまやんべぇな!」 「だろう! 君は君だから良いんだ! おっと失敬! 順番が悪かったか! 運命の出会いについての説明を先にするべきだったな!」  WA ROCKがすごい石なのは分かった。  良く分からないけど、良く分かりたいと思った。  この選択が、きっと現状を良くするんだろうと、感覚的には腑に落ちた。  だから、きっと彼女が次に口にする言葉は、新しい私を始めるには受け入れるべき言葉に違いない。  私はベンチに、また座った。私たちの目線がまた同じに戻った。 「これからどこに行くか、の質問に今さらながら答えよう」 「へば、何とす?」 「ばっけ味噌ライスボールのお礼をソナタ君にするまで、ここに留まろうと思う。ただ、私はODATE(おーだて)には縁者がいない」 「なら、石を持ってら私が、はじめての縁者だ。これ、詭弁じゃねーが? でも……。うーん。まんつ家さ泊まれるかなー。お父さんさ、聞いてみるとすっが」 「ソナタ君、君のおかげで今日も幸せな日だな!」  結局、私が押し切られたのか。  探偵エルフさんは、こうやって詭弁を弄して、他人の良心を掴んで来たのだろうか。  ううん、もう否定するのは止めた。自宅にエルフさん、泊まってもらおう。 私にとって前向きな選択だったと、後になっても思うだろうから。  探偵エルフさん、レナ=ホームズを思うと、この春の日の出会いを今でも思い出す。  やはり私、春が好き。  レナに、そして新しい私にも、出会えたのは春だから。
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