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第2話 秋田犬ハチの耳の謎を追え!
【事件編】
まだ出会ってすぐの春の頃、私たちのリアルなお話だ。
秋田のたくさんの情報に、探偵エルフさんは目を輝かせていた。
新しい同居人である彼女との距離感が、私は分からなかった。そして、この大館の魅力の伝え方も、同様に分からずだ。
友人とのいざこざ、私の家族内の問題、日常生活の各方面で発生した不安同士が絡み合い、私の中で感情的な消化不良を起こしていた。
この時の私は、泣き出すことを我慢している子供のような状態だった。
だから、探偵エルフのホームズさんにも、【少々やっかいな案件】があるのを、軸が不安定な私は見抜けなかったのだ。
この話は、4月の第5週日曜日、桜の花が満開の大館市内で進むことになる。
桂城公園での出会いから数日経っていた。
探偵エルフのホームズさんを、私の家にあげるのには抵抗がなかった。それに居候になってもらうことも、だ。
ただ私には、まだホームズさんに打ち明けられない、秘密がたくさんあったのだ。
そのうちの1つが、高校に入って3週目になるのに、私は不登校の引きこもりであることだ。
高校で再会した旧友にひどい裏切りを受けたのも、登校拒否している理由のうちだ。
だけど、もっと深刻に私の心を衰弱させている事実があった。
マイナスな事実が重なると、私の心が飽和状態でドロドロだ。反面、私の視野は狭くなって行くので、世の中の見方が分からなくなる。
そんな心の弱さを、デフレスパイラルな心を持つ私の存在を、知り合ったばかりのホームズさんに知られたくなかった。
ようやく土日の時間になったのに、また明日から月曜だ。
言いようのない罪悪感。
某アニメを見る日曜日の夕方に明日の心配をするより、かなり早い憂鬱を朝から覚えて私は目が覚めた。
だから、気分転換に朝の散歩をして来た。
家の中に入ると、朝ごはんの良い匂いだ。廊下をダイニングに向かって歩く。
おそらく、ハムと目玉焼き、今日の匂いは洋食っぽい。
私が不登校でも、家事は平等だ。父は洋食派、私はごはんと味噌汁派。今日の朝食は、父の担当というわけだ。
ホームズさんは、私たちが食卓に着いた直後に、寝ぼけた目でやって来た。
海外の人は、ホームパーティー以外の普段の食事は軽いと聞くけど、探偵エルフさんもそうなんだろうか。
あまり朝から食べたくなさそうな彼女は、無難にポテトサラダを選んで、器用に箸で口に入れた。
次の瞬間、眠気が飛んだ開眼になり、彼女は叫んだ。
「あ……甘いッ! ポテトサラダが激甘いッ!」
「砂糖の塩梅は、おっけーじゃねーがな?」
「砂糖? シュガーは飲み物に入れるものじゃないのかい?」
「食べ物にも入れっべ」
「あぁ、お菓子にね」
価値観の違い。
秋田県民の私は、ポテトサラダは砂糖が入って甘いものだと思う。逆に、甘くないポテトサラダがよく分からない。
イギリス人だが、関東地方にも長く住んでいたホームズさんは、日本の食文化にも通ずるのではないだろうか。
洗体した秋田犬のように、ホームズさんは左右に首を振った。
「向こうで食べていたポテトサラダは、ペッパーが利いて、ちょっと塩辛いものだ!」
「はっはっは! んだがもしれねぇッ!」
自分が作った朝食を侮辱されたのに。
私の父、柳光春は、強面の顔を崩して笑いあげた。
木工職人にしては、大柄のヤンキーがそのまま壮年男性になったみたいな雰囲気を持つ。
なので、父は守破離に厳しい業界の異端児であり過ぎた。
故人の義父、いわゆる私の祖父をはじめ、たくさんの人に怒られてきたそうだ。
その父が、独立して数年経つ。今の時代、若者受けやSNS映えで、変わった作品も拾ってくれた。
そのおかげもあり、ここ5年くらいで、私たちの暮らしはだいぶ良い方に変わった。
良くならなくても、見た目以上に内面が頑固の父は何とかしただろうと、娘ながらに私は信じている。
鋼の精神力だからこそ心がぶれずに、知り合ってからの期間が浅いホームズさんにも、父は寛容だ。
一方で、私は何をやっているのだろうか。ううん。いけない、いけない。
今度は私がブルブルと首を左右に振った。秋田犬のモノマネ2号の私。
「はっはっは、ソナも秋田犬ごっこだが?」
「……違いますぅ」
私は怒ると、平淡な物言いになり、秋田弁を忘れる。
拗ねた顔で、ホームズさんに目をやる。
今後はカップのオニオンスープを飲んで、エルフさんが首を左右にブルブルと震わせていた。
「しおから!」
「だっはっは! エルフさんさは、しょっぺぇべ!」
シャンプー後のわんこ状態の反応に、いちいち笑う父。
繊細な木の削りをする父が、塩加減を間違うわけがない。
私はオニオンスープのカップに口をつけて吸った。
「あんべいいばってな。私の中さいだ秋田犬だば里さ帰った!」
「おー、そいだば良いなぁ。ソナ、エルフさんをそさ連れてけ」
「何、冗談言ってんだ。あー、『秋田犬の里』のことだが! んだなー!」
大館のスポットとして、とっつきやすい場所にある『秋田犬の里』という施設がある。
大館駅に降りたら、すぐ入りやすい最寄りの場所にある。
月曜日以外は秋田犬が展示される。お土産も豊富なラインナップで、施設内に大館市の観光案内所もある。
そんなわけで、わが市の観光客にオススメである。
なるほど、父の話で、何言っているか分かった。
だから、否定的な返事をはじめた途中で、私は反応を好意的な方に替えた。
会話が複雑化したせいか、ホームズさんは困惑した。
「秋田犬! あぁ、そのぉ、渋谷駅のだなぁ、ハチ公像かぁ」
「んだ! お互いを知るきっかけになるべ!」
「ミツハルさんが言うなら! えぇ、分かりましたとも!」
何故か、興奮気味のホームズさんは、ヤケクソに叫んだ。
その反応を聞いて、私は混乱した。
私のことを知りたくない? いや、私のことを父から聞いている?
疑心暗鬼を生んだ。
私の秘密をホームズさんに知られたくない。まだ心の準備が出来ていない。
綺麗に咲き誇る桜を素直に見ることが出来ないくらい、私の中で不安が拍車していく。
気温が上がらない曇り空。冬の名残が残っているような天気だ。
そんな屋外に出されたホームズさんは、渋い顔で小さく口を動かした。
「これは【少々やっかいな案件】だな……」
「……じゃ、案内すっがら、行くべし」
私は怯えた顔を一瞬してから、無理に無表情にして春の道を歩く。
だけども、後で気づくことになる。
このエルフさんの発言は、ただ正直なのだ。
私が引きこもりの自分を探られないように振る舞うのと同時に、ホームズさんは彼女自身の不安な案件を抱えていた。
掛け違えたままのボタンでは、ゴール地点も違う。
年季が違う父には、子供2人の価値観を合わせる必要性が見えていたのだろうか。
お互いを知るきっかけとは、私の父ながら言い得て妙だ。
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