第3話 ピンクと黄色の景色の謎を追え!

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【解決編】  観光では、非日常な風景でもいい。それが休みだから。  でも、居住しての日常生活があれば、それに結びつく風景でなければならない。  蝶々と菜の花と桜に夢中だった、探偵エルフさんは、iPhoneでの写真撮影を切り上げた。  目敏くも、私の目線に気づいたようだ。  心配事がなくなり、ようやく素直に私は話せた。  探偵エルフさんの瞳は震えているが、私の強い目線を逸らさなかった。  だから、私も目を逸らさない。 「外へ出て行くなら、帰る場所もしっかり持ちたい」 「ソナタ君、それはどういう意味かな」 「大潟村の成立の話を2人でしていて、わざとらしかった。それを抜きにしても、桜と菜の花を楽しめるはずだから」 「あの……怒っていらっしゃいます?」 「変な励まし方だって、ようやく気付いたけど、むしろ感謝しています」  ピンクの桜、黄色い菜の花、ただで咲いていない。  この綺麗な景色の維持に、人の手がかかることだって、2人の話が誘導していた。  おかげ様で、私が綺麗な景色だけを見ていたことが、現実として良く分かった。  そして、もっとマシに現実を受け入れた方が良いことも、だ。  およそ計算通りなのかもしれない。  探偵エルフのホームズさんは、外堀から徐々に私の本丸を落としたわけだ。  計画を実行し続けた、その根気強さに負けた。  もう私は、自分自身の心を守る必要がない。  こうなると私の言葉を、彼女はオウム返しの質問として、ただ投げかけるだけだ。 「感謝とは……どういう意味かな?」 「私は引きこもりを卒業します。孫市(まごいち)さんの顔は見たくないけど、それで私の長い人生を無しには出来ないでしょう。ただ……」 「ただ?」 「ただ、ホームズさんも一緒にいなきゃ嫌だから!」  心のリミッターが振り切った私は、自分で言ったことに赤面した。  これじゃ、重たい女のテンプレートな台詞。 「あんたのせいだから、責任とって! 一生一緒にいてくれる?」と同じ意味だ。  ホームズさんにとって、大館にいるのは旅の寄り道でしかないのだ。目的地がどこか分からないけど、エルフ種が多くいる地域はもっと北の方だ。  ホームズさんは、両手のひらを上に向けて、肩をすくめた。  ジェスチャーだけでは冗談くさい。だが、彼女の口から出る言葉は、具体的な内容だった。 「オーライ。君の高校の編入試験を受ける手続きはしているよ。6月上旬に試験がある。だから、ソナタ君、もう一度がんばろうか」 「友達として、だよね」 「オーケー、ユーアーマイフレンドさ。1か月弱で、世界が変わるぞ。楽しんでいこう」 「あなたの明るすぎる反応が不安で仕方ない」 「一宿一飯以上の恩義はあるからね。鶴の恩返しではないが、エルフも恩返しだ。ソナタ君、私に任せてくれ」 「そのノリが不安」  当初の目的を変えるくらいに、どうしてホームズさんは、目が綺麗なだけの私を気に入ったのだろうか。  それも悩むはずの進路変更を、この場ですぐ返事をした。  つまり、私の知らないところで、ホームズさんが1人悩んだ上で、予め決めていたということなのだ。  紅潮していた私の顔は、彼女の期待に応えられるかという、次にきた不安の色に切り替わっていた。  ホームズさんは、知らない人たちと握手しても平気そうだった。  彼ら・彼女らから、善意のお菓子をもらっても、すぐに感謝の気持ちを伝えられるようだった。  おはよう、こんにちは、おやすみ、ありがとう……など出来ることから、まず挨拶だ。  他人を避けてきた私は、基本中の基本から、もう一度がんばろうと思う。    ひと悶着の後、2人で車に戻る。  父は、ハザードからウインカーに切り替えて、すぐに車を出した。  桜と菜の花が沿道から見えなくなり、大潟橋を越えて、八郎潟(はちろうがた)町に入った。  緊張の糸が切れた、私とホームズさんは、後部座席で寝ていたようだ。  ルームミラーで確認した父は、気を利かせた。  五城目町(ごじょうめまち)から上小阿仁村(かみこあにむら)を経由し、北秋田市の合川(あいかわ)方面に抜ける、ちょっと遠回りな道を選んでくれた。  その国道285号線で、大館市の自宅までの帰り道を車は走った。  私こと、柳備朶(ヤナギソナタ)は、『』を大切な人と共有した。
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