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九頭が逮捕されてから一週間の時が過ぎた。
事件に関与した俺と相賀はしばらくの間、警察署に通い、事情聴取を受けていた。
これまでの一連の出来事は全て九頭によって行われたものだった。
大曲に向けて花瓶を落としたのも、榎本を川辺に呼び出したのも、萩原の自宅に火をつけたのも、山越がトラックの走るところに行くように仕向けたのも全て九頭の犯行だった。
相賀が思っていた犯人も九頭だったみたいだ。彼女はアイからのメール文の違和感で九頭だと特定したらしい。アイのメールには名前だけ書けばいいもののわざわざ出席番号も書かれていた。これはアイの正体を探るためのヒントとなったみたいだ。
まず、彼らの出席番号の数字の和を取り、その数値をキーとする。出席番号『4』なら4、出席番号『12』なら3と言った感じだ。次に彼らの名前を頭から数え、キーとなる数値の文字を抜き取ると以下のようになる。
おおまがり たすく。出席番号8番。キーは8。よって、『く』
えのもと あんず。出席番号7番。キーは7。よって、『ず』
はぎわら ゆきひろ。出席番号23番。キーは5。よって、『ゆ』
やまごえ こうへい。出席番号33番。キーは6。よって、『う』
わたべ だいすけ。出席番号40番。キーは4。よって、『だ』
そして、最後にメールが送られたのが俺。
あいざわ よしてる。出席番号2番。キーは2。よって、『い』
これらを全て合わせると『くず ゆうだい』。九頭の名前が浮かび上がる。
こんな洒落たミステリーをよく九頭が考えられたものだ。成績は学年で下の方、理系科目は特に苦手のあいつがな。ただ、刑事さんからの話を聞いて腑に落ちた。
九頭はチャットを使って、犯行の手口を教えてもらったらしい。今話題のAIチャットを使ってだ。
「お疲れ様……」
署を出ると相賀が俺を待っていた。事情聴取された二人、仲良く帰ろうということらしい。俺は彼女の横につき、二人で警察署を後にした。しばらくの間、俺たちは無言だった。相賀はこの一週間、渡部を助けられなかったことを悔やんでいた。
あの時、事前に刑事さんは九頭に対して職務質問をしていたらしい。そこで凶器であるナイフを見つけ、九頭に問い詰めていた。しかし、そのナイフはダミーで、問い詰めている間に渡部が九頭の元へとやってきて、九頭は持っていた拳銃で渡部を撃ち殺した。
もっと注意して見ておけばよかったと、相賀は何度も口にした。正義感の強いだけあって、目の前で助けられなかった命があれば、悔やむのも無理はない。
「それにしても、アイなんて洒落た名前もよく考えついたもんだよな。九頭、アルファベットの頭から数えて九番目はI(アイ)。手口を考えたのはAI(アイ)で実際に行ったのは九頭(アイ)。全く違うものでも意味は一緒なんてな」
「……そうね。ねえ、九頭くんとは会った?」
「いや、渡部を殺した時を最後に会ってない」
「そう。ねえ、あの時、九頭くんが言っていたあの言葉。あれは本当? あなたは知っていたの?」
「……」
俺はあの夜、九頭が言った言葉を反芻した。
『ねえ、いじめられっ子がいじめっ子を殺すのは悪いことなのかな。いじめという社会的害悪を抹殺できたのに、なんで僕が悪者みたいになっているのかな。世の中って不思議だね』
九頭 雄大はいじめを受けていた。成績最悪で名前通り『クズ』というレッテルを貼られ、クラスのみんなから揶揄われたのをきっかけに、いじめへと発展した。俺はそのことを知っている。でも、止める術はないと思った。せめて九頭の居場所だけは確保しようと共に行動していた。
「ねえ、何で知っていて何もしてあげなかったの? あなたが何かしていれば、九頭くんは今回の件で誰も殺さずに済んだかもしれないのに」
「……それは、悪いと思ってる」
「そう。なら罪はつぐわなくちゃね」
「……それって、どういう」
俺の言葉はそこで途切れた。相賀が俺の胸に顔を埋めてきたのだ。俺は相賀越しに自分の心臓の音を聞いた。鼓動は大きく脈打っている。意識はそのまま鼓動から離れて、下の腹部へと注がれる。
激痛。とにかく耐え切れないほどの痛みが俺を襲った。
相賀の両肩を持つと力限り前へと押し出した。その瞬間、腹部に刺さっていたものが抜ける。見ると、相賀の手には『血塗られたナイフ』があった。
「私ね、九頭くんのことが好きだったんだ。私たちは二人とも孤独だったから。でも、九頭くんにはあなたがいた。だからそれが憎かった。何が憎かったかって、九頭くんがいじめられていたのに、あなたが見向きもしなかったから、九頭くんは寂しい孤独を味わうはめになったこと。二人いるのに一人の気分。もし、私が彼のそばにいてあげれたら、そんな真似はしなかった。私も一緒になって彼といじめを受けていた。でも、九頭くんはあなたを選んだ。そしてあなたは自分がいじめられないために九頭くんを押し付けた。だから私はあなたを許さない」
痛みで座り込む俺に対して、相賀が近づいてくる。不幸か、思惑か、周辺には人も車もいない。いるのは俺たち二人だけ。
「ねえ、藍沢くん。もうあなたはこの世から消える。だから最後に全て教えてあげるね。真犯人は私。アイは私なんだ。私が九頭くんに伝授したの。AIチャットという名の私のアカウントでね。私、ミステリー小説好きだから、事件を起こすなら少し洒落た事件にしようと思ったの。でも、みんなには難しかったようだね。残念」
痛みに堪えながらも俺は顔をあげて、相賀を見た。
彼女は口角をあげて笑みを浮かべていた。だが、目は笑っておらず、憎しみに満ち溢れている。俺に対する憎しみと俺を殺せる嬉しみが現れた表情は言葉にするのも忌々しいほどのものだった。
「これで今度こそ私と九頭くんは二人でいられる。殺人者というレッテルを貼られた私たちの絆はきっと強固なものになるに違いない。これからは私たち二人はずっと一緒。そのためにも邪魔者は排除しないといけないね。ねえ、藍沢くん、私たちって友達だっけ?」
相賀の言葉に俺は一番初めの事情聴取で刑事さんから言われた言葉を思い出す。
刑事さんは大曲のスマホに以下のメールがあったことを知らせてくれたのだった。
『出席番号2番。藍沢 善輝。友達には注意してね』
あいが いろは。AIチャットに成り済ました異才。九頭を愛してやまない狂人。
『あい』であり、『AI』であり、『愛』である真の『アイ』は俺に向けて再びナイフを振るった。
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