わたしは、空気

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わたしは、空気

 フェリクスが屋敷に帰ってきたからといって、とくになにかかわったことはない。  彼は、まるでいまもまだ駐屯地にいるかのように存在感がない。そして、わたしはわたしで慈善病院に行ったり領地の様子を見に行ったり、さらには様々な会合やお喋りをしてすごしている。  つまりラングラン侯爵家のみならず、この領地はいつもとかわらぬ日々をすごしている。  屋敷内でフェリクスと顔を合わせることはある。が、彼はあいかわらずわたしを無視している。というか、わたしはまるで彼の目の前に存在していないかのように振る舞っている。 (空気みたいな存在、というのかしら?)  書物の中で年老いた、あるいは熟年の夫婦が、おたがいのことを空気みたいな存在と表現することがある。  が、当然わたしたちはそうではない。年老いてもいないし、熟年の夫婦でもない。  それどころか、顔見知り知りというにもほど遠い。 (あそこまでわたしを嫌う理由があるのかしら?)  そのような理由、あるわけないわよね?  理由があるほどの付き合いでもないのだから。  不可思議すぎる。  気にしないでおこう。彼は彼。わたしはわたし。  おたがいに違う道を歩んでいるし、その道はけっして交差することはない。だから、いままでと同じようにすごせばいい。忙しい毎日をすごせばいい。  何度もそう思うようにしているけれど、気がつけばフェリクスのことを考えてしまっている。  そんな自分自身のこともまた、不可思議でならない。  フェリクスのことだけではない。彼がお付き合いしているレディってどういう人なのかしら?  彼は、日々の過酷な生活での気晴らしに付き合っているというニュアンスで言っていた気がする。  だけど、彼のあの真面目で頑なで正義感の強い性格なら、中途半端な気持ちでレディと付き合うとは考えにくい。  遊ぶ、というのだったかしら?  じつは、彼は書物の中に登場するような美貌の持ち主のジゴロとか遊び人なのだとか?  いいえ。そういうのは到底想像がつかない。  もっとも、彼なら「愛しているよハニー」とか「きみがいないとおれはダメなんだ」とか、甘い言葉とか気を惹くようなことをレディにささやいているところも到底想像がつかない。  もしかして、あのぶっきらぼうでかわいげのなさすぎる態度は、あくまでも空気以下の存在のわたしに対してだけで、他の多くのレディには情熱的であったりちゃらんぽらんであったりするとか?  ダメダメ。  こんなふうについつい彼のことをあれこれ考えてしまう。  気にしていないのに、なぜかすごく気になるフェリクス。  しまいには夢の中にまで登場してくれた。  夢の中の彼もまた、現実同様わたしに対して冷たかった。というか、物理的に見えていないかのような無視っぷりだった。  そのフェリクスのことをパトリスとピエールに確認しよとするも、二人はうまくかわしてしまう。したがって、フェリクスが隠しているであろうことを突き止めることが出来ないでいる。  そうそう。パトリスとピエールには、フェリクスの付き合っているレディのこともききたいのに。もちろん、ズバリ尋ねるのではない。さりげなく、である。  それも出来ないでいる。  レディのことはともかく、フェリクスが隠しているfらろうことは、すこしでもはやく突き止めた方がいい。  胸騒ぎというよりか、嫌な感じがするから。  彼のわたしへの態度はともかく、彼には助けが必要な気がしてならない。  わたしの癒しや加護の力がそう思わせているのではない。  勘、というのかしら? 感覚というのかしら?  とにかく、なぜか確信に近いものを抱いている。
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