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葛藤
カフェといっても、帝都にあるカフェのようにお洒落でも洗練されているわけでもない。
お茶やスイーツを飲んだり食べたりしながらお喋りをする。社交の場的空間である。
このカフェは、メイドのロマーヌやヴェロニクとときどきお邪魔をする。訂正。しょっちゅうお邪魔をする。常連といってもいいかもしれない。わたしたちは、このカフェでラングラン侯爵家の男性陣の愚痴を言ったり、たわいもない話題で盛り上がっている。
季節や日ごとにかわる何種類かのケーキが美味しくて、三人でお喋りをしながら最低でも三個は食べてしまう。ケーキは大きくて、しかも安い。そうなれば、この街だけでなく近隣の町や村からも大勢のレディたちがやって来る。食堂同様、ここのカフェもいつも大盛況である。
今日もいっぱいで、すこしだけ待ってからテラス席を確保することが出来た。
テラス席といっても、道路に雑然とテーブルや椅子を置いているだけである。だから、どこまでがカフェでどこからが道路なのかの判別が難しい。
「レディが多いですね。というか、男性はわたしだけのようです」
テラス席から、店内の様子も見える。
ジョフロワは、キョロキョロしながらつぶやいた。
「ここのカフェは、スイーツが美味しいのです。スイーツの種類は豊富で、しかもどれも大きくて安いのです」
「なるほど。それでしたら、世のレディたちの人気の的になるはずですよね」
「ええ、その通りです。あの、ジョフロワはスイーツは大丈夫なのですか?」
初対面の際、彼はお土産にと希少なウジェの白葡萄酒を持って来てくれた。
お土産にお酒を選択するくらいだから、もしかしたらお酒好きの辛党かもしれない。
だとすると、カフェに誘ったのはマズかったかも。酒場にすればよかったかしら。
この街にいくつかある酒場は、昼間はお茶や軽食も提供している。しかも、お茶も軽食も美味しい。
「大丈夫? ええ、もちろん大丈夫です。というよりか、大好きです。故郷では、馴染みのスイーツの店やカフェが何軒かあります」
「そうでしたか」
心からホッとした。
「故郷のスイーツのお店やカフェも、ここと同じようにレディばかりです。男性は、そのレディたちの連れがほとんどで、男性だけで訪れるのはわたしと叔父くらいなものです」
「では、エルキュールもスイーツを?」
「ええ。あの体格は、スイーツの食べすぎによるものですよ」
キラキラ輝きながらおどけたように言う彼が可愛くて、つい笑ってしまった。
「もっとも、叔父の体格はスイーツ以外の食材にもよるのですがね。わたしたちは、食物も扱っているのです。主に魚や肉ですが。産地に出向き、直接生産者とやり取りをすることもすくなくありません。そういうときは、たいてい試食させてもらいます。叔父は、試食を忘れてついつい食べすぎてしまうわけです」
彼に説明され、妙に納得してしまった。エルキュールらしい、とつくづく思った。
それにしても、彼らは手広くやっているようだ。
そうこう話をしている内に、注文したアールグレイと三種類のケーキが運ばれてきた。
ケーキは、本日のおすすめの三種類。
チョコレート、フルーツタルト、アップルパイ。
ホールのまま持って来てくれて、一人前ずつ切り分けてもらう。
迷った。というか、葛藤した。
三種類ともいただく?
いえ、ダメダメ。そんなことをすれば、ますます太ってしまう。
でも、一個も二個も三個も同じよね? スイーツを食べる、という時点でダメなんですもの。
それだったら、もちろん三個よね?
「どれも美味しそうですね。一個だけだなんてもったいない。三種類とも切り分けていただけますか? あぁもちろん、二人ともです」
「はい、すぐに切り分けますね」
葛藤している間に、ジョフロワがカフェの娘さんに頼んでいた。
彼女もジョフロワのキラキラが眩しらしい。彼女はえくぼのある可愛い顔を真っ赤にし、目を細めつつ彼の要望通り切り分けてそれぞれの皿にのせてくれた。
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