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目撃されてしまう
「そ、そうですか? いえ、すみません。まさかあなたからそんな言葉をきけるとは思ってもいませんでした。もしかして、わたしの態度はあまりにもあからさますぎましたか? 叔父にも『おまえはわかりやすい。もっと自重した方がいい』と注意されたのです。そうですか。そんなにわかりやすかったとは……」
彼は、急にシュンとした。
「いえ、違います。気がついたのは今日ですから。それに、そんなにわかりやすくはありません。わたしが敏感すぎるのです」
慌てて返した。
視線が合うと、どちらからともなく気弱な笑みを浮かべる。
「では、これ以上あなたを待たせるわけにはいかないですね。アイ、わたしはあなたに……」
彼がさらにさらにテーブルに身を乗りだしてきた。それこそ、キラキラ光る顔がすぐ目の前に迫る勢いで。
反射的に彼のキラキラから手をかざし、目をかばってしまった。
そのお蔭で、わずかでもキラキラがおさまった。と同時に、彼越しに向こう側、つまり馬車道をはさんだ向こうの道路が見えた。
そこにひときわ目立つ大きな男性が立っている。うしろに二人の青年を従えて。
(フェリクス?)
あんなに大きい男性は、この辺りにはいない。フェリクス以外には。
しかも彼らは立ち止まり、こちらを見ている。
「なんてことかしら」
無意識の内に口に出していた。そして、立ち上がっていた。
「アイ、どうしましたか?」
急に立ち上がったわたしを、ジョフロワは驚いた表情で見上げている。
「ジョフロワ、申し訳ありません。少し失礼します」
やましい気持ちでいっぱいである。
やましい気持ちなど抱く必要もないのに、なぜか心と頭の中は罪悪感に染まっている。
「アイ、いったいどうしたというのです」
ジョフロワを無視し、駆けだしていた。
歩道から馬車道への段差を降り、視線を向こうの歩道にいるフェリクスに戻した。
すると、彼はすでにこちらに背を向け歩き始めていた。
ピエールとパトリスは心配げな表情でこちらを向いているけれど、フェリクスに呼ばれ慌てて追いかけ始めた。
馬車道を渡り切ったとき、彼らの背は角を曲がって見えなくなっていた。
(フェリクス、誤解しているかしら?)
やましい気持ちである反面、「おたがいさまよね」というどこか殺伐とした気持ちもある。
「アイ、いったいどうしたというのです」
ジョフロワが追いかけてきた。
「夫がいたのです。じつは、いま戻ってきているのです」
「ラングラン将軍ですね」
ジョフロワは、まるで知っていたかのように大きく頷いた。
まあ、商人の情報網は相当なものである。フェリクスが戻ってきているのは、いまや領地内のだれもが知っている。だから、他国の商人とはいえ彼も知っていてもおかしくはない。
しかし、このときなぜか違和感を抱いた。
「ラングラン将軍が、われわれを見ていたわけですね」
彼はフェリクスたちが去った方角を睨みつつ、そうつぶやいた。
「彼は、われわれをどのようにとらえたかな?」
それから、彼はまたつぶやいた。
その問いが独り言なのか、もしくはわたしに尋ねたものかはわからなかった。
もしもわたしに尋ねたのだとしても、その答えはわたしにはわからない。というよりか、答えようがない。
それはともかく、カフェ代もジョフロワに支払ってもらったことに気がついたのは、その日の夜だった。
カフェ代はわたしが支払うつもりだったのに……。
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