夫のところへ

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夫のところへ

 夫に相談すると決意すると、すぐに実行に移した。  すこしでも時間を短縮したい。  屋敷に早歩きで戻っているはずが、やけに歩く速度が遅い気がする。  それほど気が急いている。  おもわず、苦笑してしまった。  足を精一杯小刻みに動かしつつ、フェリクスのことを考えることにした。  正確には、屋敷に戻ってから彼に相談しなければならないことである。  そもそも、彼はわたしの話をきいてくれるのかしら? しばらくの間でも、同じ空間にわたしといてくれるかしら?  まず、そこである。  彼のこれまでのわたしへの態度を鑑みるに、そういうささやかな動作じたい彼が出来るのかどうか疑わしい。  それでも、相談はしなければならない。  慈善病院のみんなが心配する内容とは別に、隣国に行って状況を把握して然るべき対処をして戻ってくるとなると、二日や三日ではすまない。それどころか、どれだけかかるかわからない。  つまり、いつ戻ってこれるのかさっぱりわからない。  さすがにそれだけの間屋敷にいなければ、いくらわたしに無関心、というよりか存在を否定しているフェリクスでも気がつくだろうし、面白くないと思うかもしれない。  というか、もしかして気がつかないとか?  だとすると、わたしはいろいろな意味で終わってしまう。  それはともかく、表向きにとはいえわたしは彼の妻。ラングラン侯爵夫人。  隣国に行くにしても、夫の許可を得た上で堂々と行くべき。 (そうよね? そうすべきよね?)  何度も自分自身に問う。  屋敷に戻ると、フェリクスも戻ってきていた。  フェリクスは、執務室にいるとモルガンに教えてもらった。  だから、戻るなり執務室に突撃した。  そうしないと、気が挫けてしまうかもしれないから。  執務室の前で深呼吸をしてから扉をノックした。 「どうぞ」  すぐに返ってきたので、中に入った。  緊張している。心臓は、止まってしまうかと思うほど激しく鼓動を刻んでいる。  執務室に入ると、真正面奥の執務机の向こうに彼がいる。彼は、一人である。  パトリスとピエールはいない。  当然、フェリクスと目と目が合った。  さらに鼓動がはやくなる。心臓がいまにも力尽きてしまうのではないか、とヒヤヒヤしてしまう。  しばし睨み合った。  すくなくとも見つめ合う、ではない。ふつうの夫婦やカップルのように、あるいは友人どうしや家族どうしのように、見つめ合っているのとはなにかが違う気がする。  彼が反応するのを待った。というか、わたしは反応出来そうにない。  巨大な食獣に睨まれた小動物の気持ちがよくわかる。  口も含めた体が動かない。  が、彼はいつまで経ってもアクションを起こさない。実際は、そんなに経っていない。しかし、ものすごく長く感じられる。  この状態があまりにも長く続くものだから、じょじょに緊張がなくなってきた。すると思考力が戻り、束縛から解放されたかのように体もラクになった。
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