ジョフロワがやって来た

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ジョフロワがやって来た

 イライラしているわけではない。なんとなくモヤモヤしている。  頭ではわかっている。慈善病院のみんなもフェリクスと同じ考えだったのである。彼らは、わたしに気を遣ってあんなふうに言ってくれていたのだ。  わたしは、いつもひとつのことに集中しすぎてしまう。それ以外のことは、目や耳に入らなくなってしまう。  冷静に考えなくてもわかること。世間知らずとか、知識や常識がないとか、それ以前の問題。  フェリクスに諭されるまでもない。  わたしがあまりにも流行り病に集中しすぎていた。それ以外のことや背景が見えていなかった。  それなのに、このモヤモヤ感はなんなのかしら?  これがもしもフェリクスではなく、慈善病院の医師や看護師のだれかに諭されたのなら、こんなにモヤモヤすることはなかったのかしら?  涙を流すほど悔しかったのは、フェリクスに言われたからかしら?  フェリクスと執務室で話して以降、ずっとモヤモヤしている。それは翌朝もまだひきずっていて、さらには慈善病院に向かう道中でも続いていた。 (とにかく、慈善病院のみんなに謝らなくては。そして、わたしは行かず、アムラン王国内の問題はアムラン王国の然るべき機関に任せましょうと告げなければ)  今朝も天気がよく、のどかな一日が始まっている。家畜たちの鳴き声が、微風に乗って流れてくる。 「アイッ、おはようございます」  人の声まで流れてきた。  ちょうど街道にさしかかったところだった。  声のした方を見ると、男性が二人こちらに向ってくる。ひとりはずば抜けて背が高く、ここからでもキラキラ輝いているのがわかる。 「エルキュール、ジョフロワ、おはようございます」  アムラン王国の大商人とその甥である。  ジョフロワはブンブンと手を振っていたけれど、こちらに駆けてきた。一方、エルキュールはのんびり歩き続けている。 「慈善病院に行くのですか?」 「ええ、ジョフロワ。あなたたちは? 朝から商談?」  そのわりには身一つ。馬車ではなく、徒歩で商談に行くというのもおかしな話だけど。 「アイ、あなたに会いに慈善病院に行こうとしていたのです」 「わたしに?」 「おはよう、あいかわらず元気そうだね」  エルキュールが追いついてきた。 「エルキュール、おはようございます。慈善病院への援助、いつもありがとうございます」 「なあに、約束だからね」  エルキュールと握手を交わす。 「それで、わたしに何の用でしょうか? あっ、そうそう。ジョフロワ、この前はいろいろとごちそうさまでした」  すっかり忘れていた。  彼に散々ご馳走になったのだ。 「いいんですよ、アイ。じつは、わたしたちの国のことで相談があって……」  ジョフロワは、今朝もかわらずキラキラしている。が、心配事でもあるのか、いつもよりかはキラキラが抑えられている気がしないでもない。 「立ち話もなんですから、病院に行きましょうか? いえ、病院よりカフェの方が近いですね」 「それはいい。喉が乾いてたまらん」  エルキュールは、そう言いながら手で顔をあおいでいる。  そういえば、今朝はいつもより気温が高めね。  このときになってやっと、気温のことに気がついた。 「そのカフェは、レモネードが美味しいのです」 「それは楽しみだ」  今日は大丈夫。  ジョフロワと二人きりではない。エルキュールがいる。  だから、このまえのときのようなうしろめたい気持ちにはならない。 「では、行きましょう」  心の中でひとつ頷くと、彼らと歩き始めた。
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