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ジョフロワに依頼される
カフェは、朝食を食べに来た人たちでいっぱいである。
わたしたちは、店内の奥まった席についた。
木製の柱の陰になるこの席なら、カフェの外はもとより店内の他のテーブル席からも見えにくい。
この席を、無意識の内に選んでいた。
エルキュールだけ朝食を頼んだ。ジョフロワが言うには、エルキュールは宿屋で食べたらしい。それなのに、また朝食を食べようというから驚きである。もちろん、ジョフロワとわたしはレモネードだけにした。
とはいえ、わたしもまた朝食を食べたにもかかわらず食べたかったのだけれど。
しかし、そこはさすがにマズいと思った。いろいろな意味で。
だから、レモネードだけにしたのである。
「それで、アムラン王国がどうかしたのですか?」
ジョフロワに尋ねてみた。
「ええ。じつは、国境に近い地域で伝染性の病が流行しているのです。その地域にも商売で訪れる為、領主や役人たちとも密接な関係を築いています。彼らは、すぐに王都に使いを出しました。が、王都まで距離がある為なかなか返事が返ってこず、もちろんその為に対処が遅れています。彼の地では、感染が拡大しつつあり、罹患者の数は増え続けていて深刻な状態です。そこで、アイ。あなたに力を借りれないものかと」
やはり、流行り病のことね。
なんとなく察しはついていた。
「わたし、ですか?」
なぜか流行り病のことを知っているとは言えなかった。というよりか、言いたくなかった。
「そうです。アイ、あなたの癒しと加護のと力をお借りしたいのです」
「わたしの? いいえ、ジョフロワ。わたしの力などたいしたことはありません。慈善病院の患者さんたちや屋敷内でちょっとしたケガや病におまじないをかける程度。それこそ、ただの気休めでしかありません」
「アイ、謙遜しなくていい。きみの出身であるジャックミノー伯爵家は、癒しと加護の力を受け継ぐ稀有な家系。しかも、その力は相当なものらしいじゃないか」
エルキュールは、朝食を食べ終って口のまわりをナプキンで拭きながら会話に入ってきた。
他国の商人が、どうしてジャックミノー伯爵家のそんなことまで知っているの?
一瞬、違和感を覚えた。
が、すぐに思い直した。
商人だからこそ、国の内外を問わず膨大多岐な情報を持っているのね、と。
「残念ながら、それは昔の話です。わたし自身は、それほどの力はありません。援助していただいて、こういうことでお返しが出来ればとわたしも切に願うのですが、わたしには荷が重すぎます。というよりか、ぜったいにムリです。申し訳ありません」
ジョフロワに、それからエルキュールに、頭を下げた。
自分でもわからない。どうして断わるのか。
いまのジョフロワの説明なら筋が通る。フェリクスが執務室でわたしに指摘したことは、すべてクリア出来ているといっていい。
大手を振って行ける。それこそ、フェリクスにジョフロワの言ったことを叩きつけて、堂々と行ける。
しかし、なにかがひっかかった。
そのひっかかりが、わたしにアムラン王国行きを渋らせている。
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