きみを愛しているですって?

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きみを愛しているですって?

「そのレディをどうするつもりかな? さんざんおれの命を狙い、脅かすだけでなく、そのレディの癒しや加護の力まで欲しているということか?」  フェリクスは、馬上で豪快に笑った。  月光の中、その笑声はわたしの耳にはすごく凶悪な感じにきこえた。 (というか、ジョフロワが王子殿下ってどういうこと?)  混乱がいっきに押し寄せてきた。 (それに、ジョフロワがフェリクスを殺す?) 「殺す」という不穏きわまりない単語が、わずかながら混乱を押し返す。 (ああ、なるほど。それでわたしを利用しようとしたわけね)  これまでのジョフロワのわたしに対する態度や言葉のひとつひとつを、出来うるかぎり思い返してみる。  ひとつひとつの欠片があわさっていくと、ようやく大筋が見えてきた。  それは、ストンと自分の胸の中に納まった。それこそ、キッチリくっきりスッキリ見事なまでに。  ジョフロワは、わたしを利用していたのである。慈善病院への援助や食堂やカフェでおごってくれたこと、交流のすべて、わたしを利用してフェリクスを煮るなり焼くなりしようとしたのだ。  結論に至った途端、テンションが急激に下がった。テンションだけではない。感情や理性そのものがどん底にまで落下した。  正直なところ、「それはないわよね」と思った。そして、「残念だったわね」とも。  わたしを利用したところで、あるいは人質にとったところで、フェリクスが気にかけるわけがない。彼がわたしを助けるだとか手を差し伸べることなど、けっしてないのだから。  だって、彼にとってわたしは存在しない存在。ややこしいかもしれないけれど、彼にはわたしが見えていないのである。 (彼にとっては、わたしがどうなろうとどうでもいいのよね) 『きみを愛するつもりはないし、きみに愛されるつもりはない』  しょせんわたしは、彼の宣言のままの存在なのだから。  というか、では、わたしはどうなるわけ? とういうか、どうすればいいの?  自分自身の進退について疑問が浮かんだ。 「最初はそうだった。彼女を利用し、貴様の情報を得たり、うまくいきそうなら貴様を殺させようとした」  わたしが自分自身のこれからについて考え始めた瞬間、わたしを拘束しているジョフロワが言い始めた。 「が、彼女と接している内に気がかわった。それこそ、任務や立場、ましてや国などどうでもいい。それよりも、わたし自身の想いを遂げたい。たとえこの身分を剥奪されようと国を追放されようと、自分自身の望みを、いや、切なる願いをかなえたいと思い始めた」  静かすぎる森の中、ジョフロワの言葉だけが流れていく。  「わたしは、わたしは彼女を愛してしまったんだ。だから、いっしょに連れて帰る。連れて帰り、しあわせにする。彼女にとって、その方がここいいるよりどれだけいいことか……」  ジョフロワに拘束されつつ、彼を見上げた。  こちらを見おろした彼と目と目が合った。 「わたしは、彼女を、アイを愛している。愛しているんだ」 「な、なんですって? 愛しているって、わたしを? わたしを愛しているですって?」  心の底から驚いた。いまの驚きは、ここ最近の様々な驚きの中で一番の驚きだった。 「だからずっとアプローチしているじゃないか、アイ」  彼の美貌が悲し気に歪んだ。 「知らないわ。そんな素振り、まったくなかったじゃない」  すくなくとも、わたしにはまったく感じられなかったし見えなかった。 「慈善病院の援助を断ろうとしていたわよね? その素振りはあったから、ずっと冷や冷やしていたけれど……」 「なんだって? 慈善病院の援助を断る素振り……?」  ジョフロワは、不意に口を閉じた。
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