狗カフェ(いぬカフェ)

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 井堤に連れられた場所は、会社から三駅離れたところの雑居ビルだった。  こんな所に犬カフェがあるのかと、犬たちの労働環境に斎藤は心を痛めるも、なにも考えるなと自分に言いきかせる。  年季の入ったエレベーターで地下に降り、壁紙が禿げた長い廊下を歩いていくと、壁の両脇に放置されて枯れ果てた、観葉植物の群れが(つら)なっていた。照明の具合なのか、植物の影が鎖に繋がれた亡者の群れのように見えて、気分がますます滅入ってしまう。 「到着したぞ」 「へー」  植物の群れの終着点に、ドアが見える。なにも書かれていない、漆黒のネームプレートを下げたグレー塗装の武骨な扉だった。  斎藤を先導する井堤がドアノブを掴んで開くと、歯医者の受付をシックにしたような清潔で上品な空間が現れる。 「今日も、紹介一名追加で」 「はい」  井堤は慣れたようすで、受付の男に話しかけた。  一言二言(ひとことふたこと)と言葉を交わして、斎藤を見る受付の男は、身なりの良い黒いスーツに身を包んでおり、おおよそカフェ店員のカジュアルな(よそお)いとは程遠い。 「…………」  斎藤は胡乱(うろん)な目つきで男を見た。ネームプレートに記載された名前が【犬飼(いぬかい)】であることが、なんだか出来すぎのように思えて仕方がない。 「こんばんは、ここは会員制のカフェでございます。入店するには、こちらのチェックシートにご記入のうえで、当店の会員として適性試験に合格しなければなりません。よろしいですね?」  丁寧な口調だが、突然のことで斎藤の頭はフリーズした。 「え?」 「簡単な心理テストみたいなもんだ。気楽に行け」と、無責任なことを言う井堤は、いつの間にか斎藤の隣に立ってぽんと肩を叩く。  流されるまま柔らかなソファーに座らされて、回答用紙を挟んだクリップボードを手渡される斎藤。いやな予感を覚えつつも、考えるのが億劫であり、言われるがままにボールペンを走らせる。  自分を真面目だと思いますか?  ●はい  ●いいえ  もちろん【はい】に丸をつけた。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆  心理テストは5分ぐらいで終了した。  個人情報に触れず、抽象的な質問が中心だったことで不安と警戒心がすいぶんと軽くなった。  斎藤が回答用紙を犬飼に渡すと、犬飼は丁寧な手つきで受け取り、備え付けてある読み取り専用の機械に用紙を入れた。 「…………」  ややあって、機械から軽快な音が響くと「合格です」と、犬飼が厳かに告げた。
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