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――人間がキライだ。
だが本当にキライなのは、状況を生み出した社会的システムの欠陥ではないのか?
自分は頑張って仕事をしている。
毎日、休まず、誠実に。
その結果が膨大な仕事量であり、残業まみれの毎日?
限界まで頑張った結果が、鼻周りの赤いニキビか? かさついて粉を吹いた肌か? 腫れた目の周りか? 油っぽい髪か? ひび割れた唇か? 血尿か? ドライアイか? 不眠症か? 胃痛か? 片頭痛か? 突き刺すような目の奥の痛みか?
――アオーン!
斎藤は吼えた。
――アオーン! ――アオーン! ――アオーン!
四つん這いになって喉を震わせると、自分の中で黒く淀んだ不快感が浄化されるような心地よさだった。
――アオーン!
隣で井堤も吼えている。口の周りにビーフシチューの汁をつけて、体中に食べかすをつけながら行儀悪く吼える姿に、斎藤はなんだか微笑ましい気持ちになれた。
「きゅーん」
視界の端で、ビュッフェの料理を足しに来た店員の足元を、犬のようにじゃれついて甘える男の姿が見える。店員の男性は邪険にせず、犬になりきっている男の頭を撫でた。男は嬉しそうに顔を崩して、だらだらと舌を出しヨダレを垂らしている。
「きゅ、きゅーん」
羨ましいと思った瞬間に、斎藤も見よう見真似で店員に甘えて見せた。あぁ、なにをやっているんだ。そんな自分に嫌悪感がわく前に、店員は斎藤の頭を撫でた。
「…………っ!」
さわさわと軽く頭を撫でられたというのに、自分の全てが受け入れられたような気がして全身の血が熱くなる。体中が白くて清いものに満たされていく喜びに、涙が出そうになる斎藤。
――自分は人間がキライじゃなかった。
それが分かっただけでも、この狗カフェに来た甲斐があった。
ピィーッ!!!
終わりを告げるようにホイッスルが鳴り響く。
――アオーンっ!!!
――アオーンっ!!! アオーンっ!!!
――アオーンっ!!! アオーンっ!!! アオーンっ!!!
斎藤は泣きながら吼えた。
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